本論三・バカと天才は紙一重だ。
銃を持たない左手で箒の柄を掴み、カネミツはいつでも動ける姿勢をとる。時間がないとはいえ、やみくもに撃ちこむわけにはいかない。
と、薄れてきた煙の先で、蠢くなにかが垣間見えた。
黒い。渦巻くような軌道を描く──いや、渦巻いているのは周囲の空気で、白煙で、土煙だった。
黒炎。
火柱として炸裂寸前の凝縮された黒炎が、介入者の頭に残った〈ワシリーサのしるべ〉の中で圧力を増していた。頭蓋骨の眼窩から揺らめく炎が、怒りを孕んでいるようにすら見える。
「────っな」
カネミツの口から漏れた声に、続く言葉などない。
ただの魔法であるはずの〈ワシリーサのしるべ〉の視線に、いまこの瞬間、カネミツは確かに恐怖していた。
そして、火柱は吐き出される。
縫い止められた獲物を射るかのように。
白煙と土煙が落ち着いたあとには、黒い煙が芝生の上に立ちのぼっていた。
介入者は、覚束ない足取りで黒煙の元に向かう。
右肩と左腰の同胞を失ってはいたが、〈ワシリーサのしるべ〉はいまだ体の主導権を握っていた。とはいえ、体の方はそろそろ限界を迎えそうで、頭に貼りついた子機はかすかな危機感を覚えている。
この体が死んだら、どうなるのだろうか。
すでに親機からは切り離された身。帰る場所などどこにもない。いずれ壊されるのかもしれないが、それまでは自身を維持し続ける必要があった。
故に、傷のない、新しい体が必要だったのだが、
「……………………」
沈黙したまま、〈ワシリーサのしるべ〉は黒煙を見つめる。