本論三・バカと天才は紙一重だ。


     3

 高速で駆け抜けるライジング・フリーの右脇を、黒炎が通り過ぎていく。

 肌身に熱を感じながらも、オキツグに憂慮などの感情はない。ライジング・フリーのホイールに使っているゴムは、その速度のみならず、急停止・急旋回で生じる擦過熱にも耐える。直撃ならまだしも、かすめる程度で弱るものではない。

 そして、直撃する気は毛頭ない。

 正面に周りこんでくるミニチュアの動きを見て、オキツグは軌道を九十度変更。その背後にいた第二陣、第三陣の火柱が届かない距離に至ってから、天頂へ向かう軌道に戻る。

 オキツグ・キラの目指す魔法は最速の体現。

 故に、選択されるルートも最短ではなく最速を実現するためのものだ。

「止められるものなら──止めてみろ!」

 咆哮。

 自らを奮い立たせるかのような叫びと共に──否、叫びを置き去りに、オキツグはワシリーサの空を疾走する。

 顔のすぐ横を頭蓋骨が通り過ぎていく。

 背中をかすめるように火柱が立つ。

 数瞬の間すら空けずに、死の可能性はオキツグの前に閃いて消える。脊髄が淡く痺れるような緊張感。しかしオキツグにとっては、それすらもレースの一部だった。

「──は」

 呼吸の合間に一度漏れた笑みは、抑えることもできずに深くなる。

 口元だけで獰猛に笑むオキツグの前で、〈ワシリーサのしるべ〉が動きを見せた。

 本体を中心に、整然と並ぶ子機。地上から見れば空にドット柄が描かれているようにも見えただろうが、同じ高さにいるオキツグから見れば、それはただの機雷原だった。