本論一・バカにつける薬はない。


     2

 それは、彼にとって初めての誤算だった。

 同時に屈辱で、言い訳のしようもなく失敗だった。

 脳裏に刻み込まれた堅苦しい活字が、彼へ現実を見せつける。

 寮の部屋に直接送られてきた用紙曰く──進級論文の命題を提出するよう求む。命題すら提示できない場合、当校への在籍は認められない。

「──くそっ」

 思わず吐き捨てるが、意識の底にこびりついた文字列がその程度で剥がれ落ちるはずもなかった。胃の中のものも、肺の中の空気も、臓腑ごと外へ引きずり出してしまいたくなるような感情を、なんと言えばいいのだろうか。

 ランディー・アッテンボローは、その答えを知らない。

「ふざけるなよ」

 吹きすさぶ風の中で、幾度目かの悪態をつく。

 ランディーがいるのは、地下都市ワシリーサの空──ドーム状の天井に「空」が映り、炎を内包したドクロが浮かぶ仮初の空である。

 学園支給の箒にまたがり、自分が出せる限界の速度で飛行しながら、ランディーは自ら練り上げた計画を反芻する。

 今更頭を抱えたところで、都合よく論文の命題が見つかるわけもない。二、三日迷った程度で思いつくならば、ランディーだって「落第生」などという不名誉な扱いを受けることもなかったのだから、それも当然だ。

 この課題を正面から解決するには、魔法を使ってなにをするかを考えるべきだ。しかし、魔法を使うことそのものに意味と価値を見出すランディーからすれば、たとえそれが他人の作ったものの模倣であっても問題はない。