第三章

「……歩こうか、冷えるし」

 彼は、そう提案して自転車を押し始めた。断る理由も特にないので、私も隣に並ぶ。

 まだ高い位置にある太陽のおかげで震えるほどの寒さではないが、いずれは体の芯まで冷えてしまうだろう。多少は体を動かしていた方がましになるはずだ。住宅街と並行に伸びる道だから、帰りの距離が大きく変わるわけでもない。

「で、都会の面白い人とかおしゃれな人に影響受けて、私が変わると思ってた?」

「いや……そういうわけじゃなくて」

 ちょっと意地悪な聞き方をすると、彼は視線を反らして頬をかいた。

「彼氏とか、できたんじゃないかなって」

 思わぬ反撃だった。

 本人にその気がなくても、私からすれば思い切り不意を突かれた質問だった。けれど、パニックに陥るほどでもない。

 会話に空白は生じたものの、私の返答に揺らぎはない──はずだ。

「残念だけど、そこまで大学生ライフを満喫してはいない」

「そっ、か。いや、うん、ごめん」

「謝ることじゃないよ」

 謝るところはそこじゃない、と言いたいところだが、辛うじて飲みこむ。

 しかし、恋愛の話題になったにも関わらず、私の心は少しも浮かれていなかった。理由は、やはり二年前にあるのだろう。高校の卒業式後、同じ場所で同じように二人きりになって、何事もなく雑談して何事もなく本を借りて、それだけで終わったあの日。