第二章
暇つぶしに使うものを持ってきていないことに気づいたときには、私はすでに新幹線に乗りこんでしまっていた。
どうしよう、と思う間もない。世間一般も長期休みに入るこの季節、下り線の新幹線は多くの乗客であふれかえっている。今回は「今年こそ帰ってきなさい」という手紙とともに指定席券が実家から送られてきたからいいものの、そうでなければぜひとももう少し時期を考えて帰郷したいところだった。けれども、姉の結婚式まで理由に出されてしまったら、そんなわがままは言っていられない。彼への気まずさと家族との間には、なんの関係もないのだから。
やっとこさ座席を見つけ、荷棚に小ぶりのトランクを乗せる。きっぷにあるとおり窓際の席へ腰を下ろして手荷物を開けると、家を出る直前に慌てて詰めこんだ紺色のビニール袋が目に入った。
暇つぶしに本を読むことは嫌いじゃない。むしろ好きな方だし、乗り物酔いしやすい体質というわけでもない、のだが……問題はタイトルだった。
赤の他人とはいえ、『北欧神話物語』という本を読んでいるのを見られることに耐える精神力が、私にはない。好きなジャンルであれば吹っ切れるのだろうが、私は特に神話が好きなわけではないのだ。
さらに、私に追い打ちをかけるようにして、隣のシートに他の乗客が腰かけてきた。軽く会釈をしてきた男性はまだ若く、私と同じ大学生か、あるいは一、二年目の社会人にも見える。慌てて会釈を返して窓の外へ目を反らすと、なおさらビニール袋から本を取り出すことなどできなくなった。