X 憎しみの火に焼かれた変容の果て

 燃え盛る町で、あるいは暗い森の中で、誰一人助けられずに死なせてしまった後悔が、自分の命よりも重くのしかかっている。

「駄目だ……避けろ!」

 緊張を含んでいる【世界】の声を、十三番は初めて聞いた。

 遅れて、腹部に衝撃。土人形の腕は、鎌を背負うための革ベルトを切断し、十三番の脇腹に突き刺さっている。

 支えを失った大鎌が落ち、地面を殴るような鈍い音をたてる。十三番が横たわる凶器に目をやると、芝生が石畳に変化したような錯覚を覚えた。

 あの夜にも、大鎌は地面に落ちた。

 青年が両腕を失った瞬間に。

「──馬鹿ッ!」

 慌てて出したせいか、【世界】の声は少し裏返っていた。

 ほとんど同時に土人形が腕に力をこめ、受け止める十三番の片足が下がる。

 遅れてやってきた痛覚は、背中へ向けて進んでいく刃によってより強くなっていく。傷口を押し広げられる感覚に耐える中、耳に飛び込んでくる合唱は力を増しているようにも思えた。

 白服たちは勝利を確信したらしく、土人形たちの動きはじわじわとした、包囲を狭めるようなものになっている。

「私は【世界】だぞ!? 君がかばう必要なんて……」

「ある」

 十三番が断言すると、【世界】は短く息をのんだ。

 確かに、背後にいる【世界】は、魔術と同一化した魔術師だ。カードと人間の姿を持ち、軽々と魔術を操り、即断し対応する力もある。

 だが、そんなことは守らなくてもいい理由にはならなかった。

 守るどころか、看取り、埋葬すらできなかった「名も知らない女」と火に焼かれた町を思えば。

「言われた通り……思い出したぞ」

 言ってから、十三番は歯を食いしばる。折れそうになる膝に力を入れ、いたぶるようにゆっくりと刃を差し込んでくる土人形の腹へ前蹴りを叩き込んだ。

 奇蹟を操る合唱の声が、わずかに揺れる。

 その源、神殿の二階に立つ白服へ、十三番は目を向ける。

 白服への復讐は、単なる過程。夜の神殿の記憶を辿っただけの復讐心は、【死神】の本質ではない。両者が同じ意思を抱くべきならば、果たすべき目的は別のところにある。

 ──一度起きた悲劇を、二度と繰り返してはならない。

 全てを失った、その記憶すらなくす人間として。

 変容の象徴を抱きながら、不変を求められ続けた魔術として。

「……まさか」

【世界】の声は、つい口をついて出てしまったように力が抜けていた。