X 憎しみの火に焼かれた変容の果て
忘れた事実すらいずれ忘れてしまう身に、なにを思い出せと言うのだろうか。
考える間にも土人形を操る歌は続き、包囲網は精度を増していく。常に次の退避場所を意識しながら動かなければならず、それも長くは続かない。いずれは完全に追い詰められるだろう。
額に浮かんだ汗が、重力に引かれて流れ落ちていく感覚すら煩わしい。
焦りと苛立ちで散漫になった注意の端で、赤と青の目立つ色彩が動いた。【世界】に衣服を引かれ、強制的に移動させられた頭の真横を土人形の錐が穿つ。
首の後ろが粟立つような感覚。
「気をつけたまえ。……いや、私の言い方が悪かったのかもしれないが、あまり難しく考えない方がいい。えーっと、そうだな」
言いながら、【世界】は手にしたカードを振る。先ほどと同じ剣の意匠が、風を巻き起こして近くにいた土人形を吹き飛ばした。
「君には、【死神】に受け入れられた瞬間があった。つまりそれは君が死を受け入れた瞬間で、同時に生まれた意思があったはずだ。アルカナは意思を持つ象徴だが、より強く、自分を使うに値する意思を持つ人間を選ぶ。つまり君には【死神】に受け入れられた理由があるわけだ。しかしそれは、私が答えを出せるものでもない」
知らないからね、と言って、【世界】は口を閉じる。
──あの夜の記憶。
死んでも構わない、と思うまでにはなにがあっただろうか。
体勢を立て直した土人形たちに目を向けながら、十三番は暗い神殿の記憶を掘り起こす。
存在しない腕がうずくような、自分と他人が混ざっていくような感覚。土人形と白服の動きが重なり、錐のような腕をナイフに幻視する。炎に煽られて吹く風は、室内で無理矢理にかき混ぜられた空気。耳に入る合唱。声は重なって、殺意と憎悪とともに増幅されていく。頬を流れるのは、汗か、それとも浴びてもいない返り血か──。
過去と現在の狭間、自らの敵にのみ意識を向けていた十三番は、背後に立つ【世界】に気が付かなかった。
背中合わせになって、ようやく我に返る。
土人形から白服の影は消え、夜の神殿は昼間の明るさに打ち消されていった。他人のものとは思えない濃密な風景の記憶は、波が引くように薄れていく。
十三番は正面から刺突を仕掛ける土人形を避けようとして──その直前で踏みとどまった。
あの夜、記憶の主を突き動かした感情が、背後の【世界】へ意識を向ける。