V 世界は廻る、死者とともに
気ままに話す声からは、年齢も、性別も読みとれない。少し女性的に聞こえるのは、カードに描かれているのが、リースの内で踊る女神だからだろうか。
くるりと、それこそ女神の絵が踊るように横方向に回転して、カードは名乗る。
「ん、自己紹介がまだだったな。私は【世界】。一応、ここの主ということになっている。よろしく青年」
「……【世界】?」
訝しむ青年に対し、カードからは控えめな笑い声が聞こえてきた。
「固有名詞としてはふさわしくないと思うかね? だがほら、きちんとここに書いてあろう」
宙に浮かぶカードは、楽しそうな口調で言いながら青年の視界の中央へ移動する。その最下部には、確かに「世界」を意味する文字が刻まれていた。
カードそのものに自我が? と思うも、深く考察する暇はない。
「それでは次は君が名乗る番だ。……覚えているかね?」
「────」
意識の端を削られるような違和感があった。
さっきまで見ていた夢のせいかもしれない。あるいは、【世界】の言い回しが、夢で突き当たった記憶の欠落を言及しているように思えたからか。
しかし、それらは両方とも、他ならない青年自身によって否定された。
体は寝た状態にあるにも関わらず、視界が揺れ、霞む。
覚えて、いない。
自分自身を指す名前が、もっとも聞き慣れたはずの名詞が、記憶から抜け落ちている。
記憶が全て消えてしまったわけではない。ただ、自我が同一であると断定するだけの核となる部分がごっそりとなくなっていた。
青年は無意識にこめかみを抑えようとして──右肩から先に突き抜けるような痛みを感じた。
引きずられるようにして思い出したのは、金髪の女から向けられる殺意のこもった目と──黒く硬化した両腕が砕ける瞬間。
「────ッ、あ」
「お、……っと、落ち着きたまえ。ああもう、こういうときはどうするんだったか」
痛みに苛まれ、焦点の定まらない青年の視界の中で、【世界】が慌てたように離れていく。存在しない右腕の疼痛に耐えていると、不意に右肩で明確な触覚。
見ると、宙を浮いていた匙が肩の切断面に触れ、金属特有の冷たさを伝えてきていた。実在する刺激の影響か、収まる気配のなかった痛みがゆっくりと引いていく。
青年を夢から醒ました刺激も、そうやって与えられたのだろうか。
「君は十三番を名乗りたまえ」
【世界】は淡々と言った。