V 世界は廻る、死者とともに
夢を見ている。
青年がそう自覚できたのは、自分以外の全てが停止していたからだ。
燃焼する炎が。
宙を舞う火の粉が。
風になびく白い長衣が。
もっとも認めたくない事実を収めた一場面が、切り取られて青年の意識に保存されているようだった。
体験した現実との相違点といえば、青年が馬に乗っておらず、地面に足をつけているくらいだろうか。
──彼も、死なせてしまった。
湧きあがろうとする後悔の念を抑え、青年は歩を進める。
近寄れなかった領域へ。
見ると、白服集団の中には──当然ではあるが──青年の目前で死んだはずの、金髪の女も含まれていた。
伏せた目から、感情を読み取ることはできない。そもそも、あの部屋で見た女は、あらゆるものに侮蔑の視線を向けていたようにも思える。表情のない顔は、いっそ別人のようだった。
しかし、この場所で、この場面で、金髪の女はそれほど重要ではない。
女の視線を追うようにして、青年は地面へ目を向ける。
白服集団に取り込まれて倒れ伏す遺体の前で膝をつく。炎の色がかすかににじむ白濁した目は虚ろで、蝋のような肌には生気がない。
そこまで見とめて、青年は違和感に突き当たった。
鼓動が止まったのではと思えるほど、強烈な違和がある。
目の前に倒れている女は、自分が愛していた女の──はずだ。
記憶に残っている表情も、交わした言葉も、それを肯定している。なにより、彼女の死体を見て、この一瞬は脳裏に焼きつけられたのではなかったか。それだけ、強い感情を彼女に抱いていたのではなかったか。
ならばなぜ──女の名を思い出せない?
呆然と、青年は白濁した瞳へ視線を向ける。
死体は答えない。答えるはずもない。
記憶を蝕んでいく黒は、死が間近へ迫ったときに視界を覆った闇と、とてもよく似ていた。
*
頬に当たる冷たい感覚で、青年の意識は一気に覚醒した。
「起きたかね」
続けて声をかけられ、青年は視線をそちらへ向ける。並んで宙に浮かんでいるのはカードと金属製の匙で、気を失う直前の記憶がちらりと瞬いた。
どこからか現れた、人語を話すカード。
原理など知れたものではないが、それは確かに異常な神殿にはよく似合っているようにも思える。
「うなされていたから適当に起こさせてもらったよ。体力の回復と魔術への移行は睡眠が最適なのだろうが、精神的な無理はよくないだろう」