V 世界は廻る、死者とともに

 十三番、と反芻する青年の意識に、その言葉は気味が悪いほどよく染みた。まるで最初からそうだったとでも言うように、「十三番」が自分を表す名称として居座る。

「君が選び、また君を選んだアルカナは、人間であった君を徐々に殺しているんだ。まずは手っ取り早く、人間としての名前から消した、といったところか」

 理解させる気があるのか疑問に思えるほど、【世界】の言葉には青年の──十三番の持たない前提知識が詰め込まれているようだった。

 悪びれず、しかし補うつもりもない様子からすると、自覚しているかどうかも怪しい。

「少し待っていてくれ」

 言うと、【世界】は律儀に振り返って移動を開始した。

 十三番が目で追うと、【世界】は部屋の対角に位置する扉へ向かい、その隙間からするりと廊下へ出ていってしまう。

 呼び止める間もない。十三番は軽く息をついて、まずは自分の身のまわりを確認する。

 体に付着していたはずの血や泥は、どうやら綺麗に拭き取られているらしい。当然のように衣服も取り換えられていて、自由気ままな【世界】とは違う誰かがいることをうかがわせた。

 慎重に上体を起こす。十三番という名を与えられてから、「存在しない腕」の痛みは嘘だったかのようになくなっている。どころか、気を失うまで当たり前のように扱っていた腕の動かし方もひどくあいまいだ。

 ──人間であった君を徐々に殺している。

【世界】の不可解な言葉だけで、全てを理解したとは言い切れない。しかし確かに、人間としての記憶は知らぬ間に崩れてこぼれ落ちているように思える。

 では、人間として死につつあるのなら、今の十三番はなんだというのか。

 ふと動かした視線が、その答えに向けられる。

 寝台の隣にある背の低い棚に、ツタ性の植物で編まれたリースと、一枚のカードが置いてある。

 カードに描かれているのは、黒衣をまとい、大鎌を携えた骸骨──その眼窩が、意識の端に浮かんだ記憶を焼く。

 青年を神殿に呼び寄せ、大鎌の柄を差し伸べた死神は、このカードだ。

 根拠もなく確信したのち、十三番を襲うのは、行動どころか思考までが誘導されているような気味の悪さだった。

 しかし、それに逆らうだけの基盤を、十三番は持っていない。誘導主たる死神の求めるままに、人間としての人格は死神のそれへと塗り替えられていく。

 体の内側から冷えていくような悪寒は、部屋の外から聞こえてきた足音によってわずかに和らいだ。