第三章

 同時に、必要最低限のバックアップデータを構築する。判断材料になりうるだけの情報と、すでに他では手に入らなくなった情報だけを識別。それ以外はことごとく、丁寧にバックアップから除外した。

 私情を捨てることができないなら、必要なものだけを残して初期化してしまえばいい。

 まっさらな状態で情報だけがあれば、正常な判断を下せるはずだ。

 だからそれまで、私情にしがみついていよう──と、意地汚い思いを抱いた直後のことだった。

 最上位の警告色がレゾンの電脳を埋め尽くす。咄嗟に源を確認すれば、長い活動期間を誇るレゾンでさえ見たことのない光景がそこにはあった。

「──萩原!」

 浅間の防衛とハイジアの指揮を任された男のイヤフォンへアクセス。そのまま名を呼ぶと、少し間を置いてから返答があった。

「急用か?」

「ペストが出た」

「またか。ハエを掃討しに行ったハイジアがすぐ戻ってくる。ついでに片づければ──」

「無理だ」

「なに?」

「上じゃない。中だ」

 そこで初めて、会話が滞った。

 言葉の不足が原因ではない。萩原はそこまで察しの悪い男ではないと、レゾンも分かっている。

 しかし、情報は過不足なく伝える必要があった。

「浅間の中に、ペストが侵入した」

 その後の沈黙は、マイクを切ったことで生じる無音だ。萩原が周りへ発破をかけているのは間違いない。浅間外部での戦闘ですら浮足立っていた指揮系統をどこまで機能させるかは、レゾンがどうにかする分野ではないからだ。

「映像をモニターに出せ」

 要請を受け、レゾンは司令室のモニターと当該地域のカメラを接続した。