四、衝動
砂のように掌から滑り落ちていく君主の熱を悼みながらアルヴィンスは思った。
何故このような事になっている。何の為に彼女が殺されなければならかった。
「──その問いに答えるのは容易だ」
明滅。
乾いた雷鳴が轟いた直後、女の声がアルヴィンスの耳に届いた。顔を上げ、声がした方を向くと、有翼の獅子を従えた鎧纏いの女の姿が目に飛び込んできた。
赤髪赤眼。燃えるような真紅の軽鎧に身を包んだ女は有翼の獅子を撫でながら言う。
「邪魔だったからだ──」
直後、女の前の床に一振りの剣が突き刺さった。残響する金属音を耳に残しながら、目を見開いて女は驚いたような表情を浮かべる。
床に突き刺さった剣は鎧纏いの女の物ではない。
女は言う。
「……既に昇華させていたか」
しかし、そんな鎧纏いの女の言葉などアルヴィンスの耳にはもう届かなかった。腕に抱えた君主の亡骸を部屋の隅へ静かに置き、ゆっくりとした歩みで中心へ向かう。そして床に手を当てがった瞬間、剣の雨が降り注いだ。殺到した剣は土埃を舞い上げながら部屋全体を轟音と共に揺らして空間自体を震撼させる。
轟音が落ち着く頃には部屋が剣の原で埋め尽くされていた。
立ち込める砂埃の中、か細く甲高く残響する金属音を貫いてアルヴィンスは女へ怒気を孕んだ目を向ける。
アルヴィンスは、君主に仕える事になった時、自身に誓約を打ち立てた。
一つ、感情に身を任せない事。一つ、力の使い方と在り方を常に考える事。一つ、輪を乱さない事。一つ、相手を尊重する事。一つ、女性は優しく扱う事。
しかし今この瞬間をもって、アルヴィンスの誓約は破られた。
元より、守れる訳もない。
己が君主を殺害した仇敵が眼前で宣う様を双眸で捉えておきながら、大人しくしていられるほど感情の導火線は湿気っていない。
「どれでもいい。剣を手に取れ」
腹の底から込み上げてくる感情が言葉に乗って剣の刃に亀裂を生む。
アルヴィンスは極めて平坦に、努めて冷静に怒りの全てを声に託した。
「それがお前の墓標だ」