二 天使・告げる

「悪徳が〈悪〉となるように、悪徳を〈悪〉としない意志を具現化する、と言いたいのか」

 シルヴィは頷いて応える。

 もっとも、その程度の知識ならば、天使という機能に含まれている〈主天使〉も持っているはずだった。現に、相槌は疑問形を使っているが、その性格はむしろ確認に近い。

「この際だから言ってしまうが、おそらく私はこの道を引き返すか反れるかすれば、〈悪堕ち〉になりさがるだろう」

 特に悲観する様子もなく、シルヴィはさらりと言ってのけた。

「〈悪使い〉にとって、信念とは曲げてはいけないし曲げられてもいけないものだ。ロランは自分の目の前で誰一人として〈悪〉に殺させない、という信念のもとに行動してきたが、三日前にその信念は曲げられた。その時に殺されたのは一人のこどもだが、ロランが〈悪堕ち〉と化したことで、私以外の村の住民が命を落とした。そして私は、そのロランを殺すつもりでここにいる」

 天使の表情が欠落する。

 人間の模倣をやめた天使は、数十秒にもわたってシルヴィを見つめ──背の翼を羽ばたかせることもなく、わずかに上昇して後退、そののちに左方向へずれる。

 距離をとり、さらに道を開ける天使の行動は、シルヴィからすれば異様なものに映った。ここで天使と戦うことを望んでいたわけではないのだが、ある程度以上の足止めはくらうものだと思っていた。

「──行け」

 天使の声と表情に、感情のようなものは少しも出ていない。しかし、口を開いた際のわずかな逡巡が、天使の心情を表しているようにも見える。

 裏があるのでは、と勘ぐってみるも、天使から何かを読み取ることはできない。