二 天使・告げる

「……なんのつもりだ?」

「意志の力とやらに興味が湧いた」

 問いに答える声は、どこまでも平坦だった。

「〈悪堕ち〉は、夜半には港町アンブシュールに到達する。日の入りと同時、我々はその進路を塞ぎ、攻撃をしかける。たとえお前がそこにいて、そのときに〈悪堕ち〉となっていなかろうと、だ」

 天使の宣言に、シルヴィは応えることもなく前へ進む。

 ためらっているような暇はない。何かをたくらんでいるとも考えにくかった。そんなことをしても意味はないからだ。

 何事もなくシルヴィは天使の前を通り、

「……感謝する」

 口をついて出た言葉が、天使に動きをもたらした。

 徹底された無表情は、むしろ表情を作るだけの余裕すらないようにも見える。ただ、深海のような冷たさをたたえた青い瞳が、動揺に揺れていた。

 シルヴィは足を止めることもなく走り去る。

 〈悪使い〉と天使。両者ともに〈悪〉と戦うものでありながら、二つは相容れない存在だ。

 神に逆らって力を手にしたか、神から目的と力を与えられて生まれたか。この違いはあまりに大きく、世界と神の摂理からして容易に埋まる溝ではない。

 ──しかし。

 残された天使は思考する。人間の意志に興味を持ってしまうような自分が〈悪使い〉に追われる〈悪堕ち〉の殺害を命じられたのは、偶然なのだろうか? 天使の軍勢を率いるという目的を与えられ、人間と接することもほとんどなかった自分が、〈悪使い〉の意志を知りたいと思ってしまったことは、はたして偶然なのだろうか?

 神は、自ら演じて自ら観る人形劇に飽いて生物に意志を与えたとされる。