第三章

「無機物に死がないように見えるのは、その寿命が生物に比べて圧倒的に長いからだ。有機物と無機物の区別なく、全てのものはいずれ死ぬ定めにある」

 毒などもう体に残っていないのに、苦しみを感じた。

 気付けば、呼吸が浅くなっていた。胸が痛み、思い通りに空気を吸うことすらできない。ふらついた足が芝生を踏み荒らし、灰色の粉が足元に舞った。

 先を歩いていたアッシュが、私に振り返った。

 アッシュが私を導いた先は、神殿の裏手。

 切り立った崖から見下ろすと城下町が広がり、背後を振り返れば神殿と、さらに高い場所に建つ王城を見上げることができるはずだった。

 アッシュの後ろに広がる景色は、やはり灰色。

 立ち並ぶ家も、隙間に立つ木も、歩く住人たちも──全てが石になってしまったかのように、灰色一色だった。

 だが、彼らが石になったわけではないことを、私は知っていた。

 踏みつけた芝生が石の硬度を持っていれば、崩れて砂になることはないはずだからだ。

「王国クリッフェントの国土を殺した」

「……やめて」

 震える声で、私は言った。

 言ったつもりなのだが、アッシュに届いたような気配はなかった。

「王の罪を国が背負った。ただそれだけのことだ。死神に生贄を捧げたのはお前の父だろう? ジャスティーナ」

「やめて!」

 叫び、膝を折った私は、アッシュの顔を見ることができなかった。

 崩れた芝生が灰になって舞い上がり、一部が私の体にまとわりついた。乾燥した、温度のない、生物だったもの。どれだけの灰が私を覆っても、私自身が灰になることはない。

「もうその名前で呼ばないで……!」

 掠れた声で言いながら、私は死者の書にしがみついた。

 しゃがみこんで肩を震わせる私に対し、アッシュは沈黙を保っていた。恐る恐る顔をあげると、アッシュは表情も変えずに私を見返していた。近づくでもなく、離れるでもない、中途半端な重心の置き方が、わずかに彼の困惑を表しているようにも見えた。

「命を捨てようとした上に、その次には名前を捨てるのか」

 言葉選びに反し、声に糾弾の色はなかった。

 単なる確認。あるいは、問い。

 私を、人間を、生命を理解しようとしているような、そんな物言いだった。

「私はもう王女なんかじゃない、クリッフェントの名前を背負っていい人間じゃない……っ!」