第三章
「……」
黙したまま、アッシュは私に歩み寄った。
目を離すことができない。近づき、片膝をついて、私に視線を合わせたアッシュから。
濁った赤色の眼から。
「では、お前はなんだ」
かすかに挑戦的な感情をにじませながら、アッシュは私に問いかけた。
特に秀でたところもなく、政略結婚にも向かず、ただ生きているだけの末姫は、生贄としての役目すら全うできなかった。
役目、地位、家族、国、さらには死まで失った私は、ジャスティーナ・クリッフェントどころか、人間であることすら危うくなっているのかもしれない。
「私は」
口に出しそうとして、言葉が喉につかえるような感覚があった。
アッシュの眼は、虚ろだがまっすぐに私を捉えていた。これほどまっすぐに私を見る眼が、今まであっただろうか──記憶をさかのぼるまでもない。
クリッフェントは死神に生贄を捧げた罰を受けた、とアッシュは語った。
それならば私は、クリッフェントを犠牲にして、アッシュと同じ視点を持つことを許されたと言い換えられるのではないだろうか。
死を失ったものとして生きるのならば、できれば私は、彼の隣に立っていたい。
「私はティナ」
使い道のない王女でも、死神に捧げる生贄でもない。
「ただの……ティナだよ」
国を犠牲にして死神の隣に立とうとしている、悪いティナ。