第二章

「あ……」

 思わず、私の口から声が漏れた。

 愚かだった。

 私も、私を持ち上げた貴族たちも、お母さまも、お父さまも、みんなまとめて愚かだった。

 死神に生贄を捧げる?

 世界中で、死神は一日にいくつもの命を、魂を導いているはずなのに?

「じゃあ……」

 私の目からは、今更涙がこぼれていた。

 もっと早くに泣いてしまえばよかったのに。

「私の死は……無駄なの……?」

 死だけではない。

 毒に侵された苦しみも、消極的な選択を迫られた苦しみも、私のことを守ってくれるはずの両親に裏切られた苦しみも、全てがどうしようもないほどに無意味だった。

 恐怖と苦痛に耐える理由がなくなり、私の体からはずるずると力が抜けていった。

 涙で歪む視界の中で、アッシュが床に片膝をつくのが見えた。

「ジャスティーナ・クリッフェント」

 名を呼ばれ、肩が跳ねた。

 朦朧とする意識の中、アッシュの声はやけに明確に私の耳へ届いていた。

「お前が俺を呼ぶために毒を飲んだのなら、せめてお前の命の価値は保証してやろう」

 言葉の意味を飲み込む間に、アッシュは死者の書に手をかけ、表紙と裏表紙を留める金具を外していた。想像したよりも簡単に開かれた一ページ目には、人の名前と、その人に関わることが細かく書き込まれているようだった。

「死者の書から一枚だけページを破ることを許可する」

 ひゅ、と掠れた音を出したのは、私の喉だったのだろうか。

 ひどく不吉なアッシュの物言いに、私は言葉を返すこともできない。

「ここに記されるのは生者の死の定め。ページを破りとってしまえば、そこに書かれた者は死の定めから逃れることができる──たとえその身が毒に侵されていようとも」

 そう言った死神は、どんな表情を浮かべていたのだろうか。

 涙でぼやけた輪郭から想像することはできない。

 とはいえ、死に閉ざされていた私の未来に、わずかに光が差したことは事実だった。

 アッシュの言い分では、毒を飲んだ私にも生き残る術はあるらしい。生き残ったとして、この部屋は出入りのできない閉鎖空間だが──生贄が成功し、国が救われたとなれば生贄の部屋は開かれるだろう。生贄の遺体を祀るために。

 勝手に希望を見出した私に対し、アッシュは「しかし」と続けて言った。