第二章
「俺に要らない命を差し出したこの国は、相応の報いを受ける。人間が二度と同じ過ちを繰り返さないように、歴史にその名を刻むように、国土に深き傷を負うだろう」
片膝をついていたアッシュは、それだけ言って立ちあがった。その左手の周りで影のような、煙のようなものが渦巻いて、長い柄を形作った。床に向けられた下端には、歪曲した刃がついていた。
あまりにも不吉な、命を刈りとる刃。それは、アッシュの言葉と相まって、私の中で生じた嫌な予感をより色濃く、無視できないものにしていった。
相応の報いを──国土に深き傷を負う。
飢饉に苦しむクリッフェントが、さらに死神によって直接深い傷を負わされることになれば、この国は簡単に滅んでしまう。
私は一人の命を延ばすことができた。
しかし、守るはずだった国は滅びるだろう。
大鎌を携えたアッシュは、私に背を向けて神殿の外へ出ようとしていた。遠ざかる足音が、床伝いに聞こえてきた。
「まっ、って……やだ……」
「選べ、ジャスティーナ。俺はお前の選択を尊重する」
その言葉は、特に秀でたところのない末姫に対して死神が言ったものにしては、あまりにも身分不相応に思えた。
私の引き留めを無視して、アッシュは神殿から消えた。
死神に対して、神殿を囲む壁など意味をなさない。彼は死を迎える者の元へならば、どうやってでも行くことができるのだから。
そして、これから死を迎える者ならば、クリッフェントにはいくらでもあった。なにせ、この国は王女を生贄に捧げるところまで追い詰められているのだから。
なにに向けているのかも分からない拒絶をうわごとのように呟き、私は爪の剥がれた指で床をかいた。
無理矢理に生贄の部屋へ閉じ込められたものの、私は周りにいた人の誰にも死んでほしくなかった。
私一人が死んで、国が栄えるのならばそれでいい。
でもその逆は──私一人が生き延びて国が滅んでしまうのは、ひどく耐えがたいもののように思えてならない。
きっと、私は死者の書を破るべきではない。
理性では理解していたはずなのに、毒の苦痛で擦り切れた意識は重厚な装丁の本へと手を伸ばしていった。
開かれたページに触れ、紙をめくると、乾いた血が指から剥がれ落ちた。