第二章

 そのとき私は、確かに永遠を感じていた。

 口と喉が呼吸をするたびに、心臓が脈打ち熱を循環させるたびに、「これが最後になればいいのに」と思い、思い続けて、それでもなお私は生きていた。

 どこが痛いとか、どこが苦しいとか、どこを意識すれば気がまぎれるとか、そんな考えを浮かべられるほどの余裕もない。

 全身くまなく、どこもかしこも苦痛が全てを支配していた。

 内臓がかきまわされているような苦しみがあって、身をよじった体はそれだけで筋肉と関節に痛みが生じて、痙攣した胃袋が中身を逆流させて、床をかきむしった指からは爪が剥がれた。

 もう、誰かが助けに来たとしても、私が死ぬことはくつがえせないだろう。

 それでもまだ、私は生きていた。

 ここまで来てしまえば、もはや死は全ての苦痛からの救いだった。

 ──と、思ったからなのかもしれない。

 コツン、と聞こえるはずのない足音が鳴ったのは。

 始めは幻聴かと思った。

 未練たらしく残っていた願望が、私を助けてくれる存在を勝手に「作った」か。それとも、毒に侵された脳が偶然再生した幻か。

 規則正しく鳴る足音は、私のすぐ近くに来て止まった。

 床の上でうつぶせになった私を、誰かが覗き込んでいるような気配があった。

 気のせいだ、と私は思いこんでいた。だから、動く必要はない。私はもう、呻くだけでも苦しみが増長される体になっていた。気のせいならば、無理に動かして頭上を確認するだけの理由にはならない。

「……なぜ」

 ぞっとするほど冷たく低い男の声が、私の耳に届いた。

「こんなところで毒を飲んだ?」

 咎めるように、男は言った。

 降ってくる声は、圧倒的な存在感を持って私に突き刺さった。

 この部屋に、私以外の誰かがいる──その事実を飲み込み、理解し、何者かの正体に思い至って、ようやく私は体を動かした。

 床から胸を引きはがし、首をねじって広げた視界に、黒衣が揺れていた。

 私の上には、血色の悪い男の顔があった。一房だけ垂れさがった前髪の向こう、堀の深さで影のかかった目がじっと私を見下ろしていた。

 濁った赤い瞳に、生気と呼べそうなものはない。

 その冷たさは視線を通して私に伝染し、悪寒に震えた体がまた悲鳴をあげた。

「死神……アッシュ……」