02.マドンナの秘密

 集中により遮断されていた音が戻る。金庫の取っ手にのびていた手は、さらに近づいていたローター音の中から聞こえてきた声によって止まった。

「壁に背をつけろ!」

 サイラスの声が飛ぶ。思わず振り返ったキースの視線の先、窓の向こうには、ヘリの側面、開け放たれた扉が良く見えた。

 ヘリの内側にある手すりを掴んだ男が、黒い物体──アサルトライフルをキースへ向けている。

 キースの背筋を悪寒が駆け抜けた。死に直面した脳が、視覚情報の処理速度をフルスペックで実行する。普通ならば見えるはずのない、銃の引き金を引く指の動きすら視認する。メインローターの回転数すら数えられそうなスローモーション。

 その中で、

「キース!」

 ローザの声が、硬直する体を動かした。

 時間が元に戻る。脳の処理能力が通常時のそれへ。

 キースが転がり込むようにデスクから離れ、壁に近づく。と同時、ヘリに搭乗した男が、トリガーを引き絞った。

 連なる銃声。伴って吐き出される弾丸が、キースのいた空間を貫いていく。その内一発が頬を裂いた。転がった勢いそのまま、背中から壁に突撃。呼吸が一瞬止まる。

 永遠に続くかと思われた弾幕は、反対側、デスクの向こう側からの一発で呆気なく終わりを告げた。ヘリからの襲撃者を麻酔弾で眠らせたサイラスは、猟銃を放って腰の拳銃を抜き、デスクを乗り越えてヘリのコクピットへ銃口を向ける。

 空気の抜けるような銃声が三度。方向転換を図ろうとしていたヘリコプターは、その行動が災いしてコクピットからの視界を半ばほどペイント弾で埋め尽くされた。