本論二・若気の至りにも限度はある。
スピードは緩めず、オキツグは重ねて魔法を行使する。
彼の魔道が追い求めるは「最速」。
故に、減速のための「掛け声」は存在しない。
「ファントム・オブ・ワンセカンド! 目にも止まらぬ刹那を感じるがいい!」
宣告の直後、カネミツは旧式ライフルで進行方向を照準しながら呼吸を止めた。
ライジング・フリーの後輪から翼が生えるのも気にせず、神経を尖らせる。この瞬間に限り、眼球からの視覚情報と、右手人差し指のトリガーに全ての意識を集中させる。
オキツグの掛け声に合わせ、ライジング・フリーが叩き出す瞬間最高速度は秒速にして五〇メートル。ただし、「ワンセカンド」と名の付く通り、その速度は一秒間に限られる。
故に、今から引き金を引いても火球は後方に置いていかれるだろう。激突寸前、ライフルの初速を以て自分自身を追い抜くしかない。
視覚補助の魔法など開発していないカネミツが、一秒をさらに細かく切り刻む方法はただひとつ。死の直前に見ると言われる走馬灯の原理を利用して、脳の処理能力自体をブーストするしかない。
現に、秒速五〇メートルで近づく白壁を前に、カネミツの体感時間は疑似的なスローモーションで流れていた。
周囲の背景が停滞している中で、視点だけが壁に向かってゆっくりと進んでいる。
──まだだ。
通り過ぎた店の看板が、風に煽られて振り回されている。
──まだ早い。
ミニチュアたちが内包する黒炎が、ちらちらと揺れているのが視認できる。
──今!
まさに激突の寸前、カネミツの指がトリガーを引き切った。