第三章

 ──この話、漫画とかゲームの元ネタになってることが多いんだよね、読んでみなよ。

 二年前、彼が『北欧神話物語』を評した言葉なら、一言一句たがわず覚えていた。心に残った、とまで言うつもりはないが、呆気にとられたことだけは覚えている。本を貸し借りするような関係が、高校卒業後まで続くとは思っていなかったのだ。

 そもそも、当時だって大したことはしていない。シリーズものの漫画と小説をいくつか買い揃えていれば、毎月のように発売日は訪れる。それでも興味をひかれるもの全てを買えるなんてことはなくて、学生の財布事情を考えればそれも当然だった。

 となれば、友人との貸し借りは自然と行われることになる。私の場合、趣味が合ったのが異性だったというだけで、たとえば同年代の同性間で本の貸し借りをしていることは、なんらおかしいことではなかったはずだ。現に、紙袋にシリーズ全巻を入れてまとめて貸し借りしている様子は、大学でだって見ることができる。

 私と彼の関係は、ほとんどそれだけで成り立っていた。読みたい本があって、二人で分担して買って、貸しあって、借りあう。たまに本の話をして、けれど必要以上に近づくこともない。

 おそらく、彼にとって私との繋がりはこれしかなかったのだ。彼が自信をもって語れる話題、と言いかえてもいい。だから、本以外の話題を含んだメールには返事がこない──そう考えれば、まだ理解できないこともない。

 それだけの関係、というのも、もどかしいものがあるのだが。

「……よ、久しぶり」

 控えめな声に振り返ると、彼はちょうど自転車を降りるところだった。