序章 炎の剣と黒傭兵

 殺める事、守る事。

 明確な位置付けはいらない。ただ単純に、明確な仕分けがしたい。そうでもしなければ肉親と交わしたあの約束が果たせるかどうかも分からなくなりそうで。

 と、目を細めていると、少し離れた所で巨大な城門が開く音がした。

 音につられてそちらの方に目を向けると、入都の手続きを済ませた御者がこちらに戻ってくるのが見えた。

 少し遠くから見える城門の内部には白亜色の石畳が広がっていて、早朝であるにも係らず街人の姿がちらほら見受けられる。

 今日はこの都市国家で豊穣祈願の祭りが開かれる。

「いやいやご苦労だったな傭兵さん。馬の事は気にしなさんな」

 そう言って御者は、報酬を渡しながらウィリアムを労わる。

 祭事に必要な物資を運搬する馬車と御者の警護。これにて今回請け負った仕事は終わり。しかし馬の事が心残りでならない。気にするなという方が無理だった。

 胸のつっかえが取れない。

 そんな沈んだ表情を浮かべるウィリアムを気遣ってか御者が言う。

「まあアレだ。暇だったら気晴らしに祭りでも見ていったらどうだい?」

 今後の予定は特になし。

 御者の提案の通り、祭りでも見て気分を変えるのもいいかもしれない。

「……ああ。そうするよ」

 世話になった。

 そう言い残して街へ足を向けるウィリアム。すると御者が、呼び止めた。

「ああそうだ傭兵さん」

「……まだ何か?」

「時間があるならあんたの腕を見込んで別の仕事も依頼してぇんだが、頼まれちゃくれねえか」

「…………」

「簡単な仕事さ。内容は中に入ってからゆっくり話す」

 返事もせず、しばらく黙っていたウィリアムだったが、「まあまあ、とりあえず入ろうや!」と御者に強引に背中を押され城門をくぐった。

 城門通過の際、ウィリアムは自分が一体どんな顔をしているのか分からなかった。その代わりと言ってはなんだが、門番の声だけはしっかりと聞こえていた。

「ようこそ、都市国家アザリアへ」