第一章 春の祭りと財布事情

 石畳の間に残る桜の花びらが一枚、風に巻き上げられ空に舞い上がる。

 往来する人々の間をすり抜けながら、石造建造物と石木混造建物が立ち並ぶ街並みをすり抜けながら、あるいはそれらを見て回りながら。

 風の気の向くままに流され、達した上空から見える近隣の山々の風景は深緑。やがて置き去りにされ、ひらひら落ちていく。同じ色をした仲間を目がけて。

 はらり、と。

 座り込んで空を見上げていた幼女の鼻頭に桜の花びらが落ちた。

「ックシュン!」

 桃色のポニーテールがくしゃみで揺れる。

 幼女クルスティアン・ポポリオーネは精霊だ。

 人の力を糧に生きる高位生命体。それが精霊。精霊は人と契約を交わすことで、より強い生命力を得る種の生物である。

 力の総称は魔力。

 元来精霊は、自然界で発生する力を得ながら森の奥地や高山でひっそりと暮らしを送る生物である。しかし稀に自らが好む力を保持した人が出現した時、その地まで赴いて契約を行うことがある。

 その習性のせいで幼女は一月ほど前に本気で死にかけたのだが、それはもう過去の話。今は保護者兼契約者の人間がいる。

「ねえリッキー」

「何だよ」

 幼女の隣に座りこんでいた金髪の男が気だるそうに鎌首を持ち上げる。

 春も半ばであるが首に巻いたトレードマークのマフラーは外さない。これが保護者兼契約者リッキーである。

「売れないね、このマズいチーズ」

「とか言いつつ食ってんじゃねえよ」

 保護者兼契約者である。

「あのね半分以上食っといてその感想? お前の味覚はバカですか? おバカなんですかコノヤロォ」

 保護者兼、契約者である。

 リッキーとティアの二人は揃ってアザリアの大通りにいた。

 今日から三日間の日程で開催される豊穣祈願祭に乗じ、出店を開いて一儲けを企てたは良いものの、売り物であるはずのチーズの半分以上をティアにもっていかれている状態である。

 こんなことならば食品方面はやめて手芸方面で用意すれば良かったとリッキーはため息をついてティアにジト目を向ける。

「不味いと思ったら食うなよ」

「味なんて、おなかに入ればいっしょなんだよリッキー」

「元も子もねえ!」

「リッキーが作る保存食まいにち食べてると味なんて気にならなくなるんだよ」

「やめろそれ以上言うな! 悲しくなるから!」

 一月ほど前に起きた『女神の力』をめぐる騒動をきっかけに、その力の持ち主であるクルスティアン・ポポリオーネと精霊契約を結んだリッキー。それ以来リッキーはティアと生活を共にしている。

 精霊契約において双方が常に傍にいなければならない。というような制約はないのだが、リッキーがティアを自分の傍に置いたのは、一にも二にも守るためである。