序章 炎の剣と黒傭兵

 元より、そういったことに陥らないようにするための相互システムが組まれてはいる。しかし結局のところ依頼を選ぶ傭兵次第、と言ってしまえばそれまでだ。

 ウィリアムは木箱に目をやりながら思う。

 ──まあ、この箱の中身が何であろうと依頼主が誰であろうと、俺は俺の目的を果たすだけだ。

 目的。

 それは北方の故郷に置いてきた唯一の肉親と交わした約束。

 ずいぶんと遠くへ来た。あの約束を最期としないため、自分はここにいる。と胸中で噛み締めながらウィリアムは空を見渡す。遠く離れた故郷に繋がる空を。

 闇夜に浮かんだ月が放つ淡い光が心を静め、ゆっくりとゆっくりとウィリアムの瞼を重くしていく。夜の暗がりも助けてか、その藍色ともいうべきくすんだ青と淡い月光に包まれ、ウィリアムは上下する馬車の荷台で眠りについた。

 直後だった。

 突如として突風が駆け抜けた。

 響き渡る馬の嘶き。

 ややあって荷台の前方から声が。

「何か来たぞ! おい、起きてるんだろうな傭兵!」

 先に聞こえた馬の嘶きで既に目を覚ましていたウィリアムは、御者の怒号を耳に留めながら状況を確認する。周囲に目を向けてみれば、こちらと同程度の速度で走る複数の何かが、並走するかたちで馬車を取り囲んでいるのが見えた。

 微弱な月光がその複数の何かの正体を僅かに照らし出す。

 躍動する四肢。風を切る銀毛。断続的に聞こえてくる獰猛な息遣い。野生する狼の精霊シルバリオンの群れだった。

 五、六頭で行動をするシルバリオンの性格は極めて凶暴。群れのリーダーは他の個体よりも一回り以上大きい。

 先ほどの突風でバランスを崩した積荷数個が、馬車の揺れで宙に投げ出され地面に激突。箱の中身である大量の林檎をぶちまけていた。しかし狼の群れはそれには目もくれず、全速力で馬車に向かってくる。

 シルバリオンは肉食。人間と馬が狩りの対象となっているのは間違いない。

 少し頭のいい精霊や動物であれば、まずは高速移動が可能な足から切り落として機動力を削いでいくのだが、幸いにもシルバリオンはあまり賢い種類では──とウィリアムが狼の精霊の特徴を思い出して分析していると、馬車を引く馬二頭の内一頭が狼の鋭い邪爪を受けて倒れ込んだ。馬はそのまま車輪のシャフトに挟まり、ボキリと首の骨が折れる音を最後に動かなくなった。

 それに伴って馬車が一気に失速。ガクリ、と荷台が大きく揺れる。

 ──こいつら……狙って!?

 ウィリアムはシルバリオンの行動に思わず驚いた。

 シルバリオンは狼の精霊ではあるが、その中でもただ本能に従って獲物を狩る劣性種に位置する種であり、そこまで知能が発達した精霊ではない。しかし先ほどの行動は──と再び思考を巡らせるが、この疑問を悠長に吟味している時間も無い。

 馬車と並走する狼たちの身体が淡く光り始めるのを確認したウィリアムは、積荷の近くに置いていた長剣を引き抜いて荷台の前方へ向かう。

 途中、一頭のシルバリオンが放った突風を纏った咆哮が、ウィリアムを掠めて積荷を吹き飛ばした。

 ──風を、操るのか……!

 しかし脅威は感じない。あくまでも風による圧力に過ぎない。

 目下の問題は、車輪のシャフトに挟まった馬の存在。