第二章 深奥に滲む


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 頬を舐める水気混じりの風でミラベルは目を覚ました。
 重たげに体を起こして周囲を見回すと岩の天井が。岩壁が。ぽっかり空いた穴から覗く滝が。そして、手頃な段差に腰掛けて石くれを放っているローヤの背中が見えた。
 後ろに手をつくと掌に伝う感触。
 やわらかな手触りは老草の葉と花だった。
 そこまで認識してミラベルは首を捻った。なぜ外にいるのだ、と。
 確か城の大広間にいたはずだったのだが。そうやって目をあやふやに泳がせながら記憶を辿っていると、

「おーい。やっとお目覚め?」

 目を覚ましたミラベルに気付いたローヤが、振り返って軽薄に笑う。

「盗賊様。私は一体」
「城の地下通路に逃げ込む。そん中の秘密の通路に入る。で今ここ」

 呆け顔で空白に淀むミラベルの横っ面にローヤは告げる。
 簡潔な説明が耳に届くも、いまいち理解が追い付かない。
 城の下に路(みち)がある事は聞いていたが秘密の通路なんて知らない。そもそもなぜ緊急脱出経路である地下通路なんかを使っているのか──と思考を巡らせた瞬間、左の魔女の姿が蘇り、次いで大蜥蜴が火炎を吼える映像が脳髄を叩いた。

「そうだ。私は──」

 助けられた。
 年嵩(としかさ)の白髪頭の少年に。
 しかし、その当人の姿が見えない。

「イド様は!」

 勢いよく跳ね起きるミラベルにローヤは答える。

「どっか行ったぜ」

 耳に届くやいなや、弾かれたように動き出そうとしたミラベルだったが続くローヤの言葉に踏み留まる。

「でかい狼に乗ってな」
「狼……それはもしや、蒼白い狼でしたか?」

 黒毛の頭が縦に振れる。

「ニールとか呼んでたぞ。イドは」

 老樹の国(アトウッド)で蒼白い狼といえば森の守護を使命とする土地守りの一族だ。
 そしてニールといえば故ミッドエルムと共に世界を旅した個体。一族最後の彼女が消息を絶ち、その血脈は滅んだはずだったのだがどうやら生きていたらしい。

「俺たちを放っぽってどこに行っちまったんだよ、アイツは……」

 やるせ無さげに肩を落とすローヤとは正反対に、ミラベルはイドの行先にあたりを付けていた。
 俯く黒毛頭にミラベルは言葉を投げる。

「イド様はおそらく、ミッドエルム様の墓へ向かっています」
「なんでそんな事が分かるんだよ」
「白群守りのニールが一緒ならば」

 なぜあの大狼が居ればイドが墓に向かうことになるのか。ローヤには理解が出来ない。
 それについて問うと、少しの間をもってミラベルは口を開いた。