第二章 深奥に滲む
「己(おれ)は死んだ」
もう一文。
「済まない。イド」
寂しく、寂しく笑った。
そしてようやく飲み込む。周りが言う通り、友はもう──この世には居ないのだと。
同時に、こうも思う。
羨ましい。
自身が不老不死となって、それから随分と長い時をイドは過ごしてきた。それこそ幾十幾百の年月が経ったか分からないほどに。
人は不老不死に憧憬を抱くが、実際はそれほど良いものではない。
死ぬ程の痛みに苛まれても死ぬことができず、周囲が老いて朽ちていく中、自分だけが取り残される。そして、流れ過ぎる時間の中で生きる指標を見失う。
いつまでも終わることができない。それは一種の呪いとも言える。
ましてやイドはもう一つ、若返りの呪いを引き受けていた。
少年の姿は本来のそれではない。
周りとは違う。
それを実感するたび、自分は異物であると思った。
それでも救いはあった。
壮年の頃のまま永遠を呪われた友の存在である。
外見は違えど同じ境遇を分かつ者の存在は、何よりも心の拠りどころだった。
そして誓った。
類のない二人で死を渇望しよう。
最期の時まで共にいよう。
死ぬために、生きようと。
「ニール」
呼びかけると彼女は目だけこちらへ寄越した。
「お前は、儂が四百年も姿を消していたと言ったな」
捨て置かれた友の胸中を案じれば、唯一無二の同じ境遇にある人間の苦悩を慮れば、胸が引き裂かれるような思いが込み上げる。
傍にいられなかった。
孤独にさせてしまった。
誓いを、守れなかった。
「済まなかった」
込み上げる寂寥(せきりょう)を乗せた声が石碑に落ち、風に攫われ流れていく。
風の行く先は、入り口とは反対側にある木々の坑道。
イドは風を見送って、
「──────」
その末にある景色に目を疑った。
道の先にもう一つ隣接した空間があるのが見える。
その広場に大つば帽子を被った人間と翼を畳んだ巨躯の蜥蜴がいた。
一人と一頭の足元に広がる図形が光を抱く。
それが魔法陣であると分かった直後──落雷のような甲高い音が響き渡ると同時、光が弾け飛んだ。
四散した光を防いだ腕を下ろせば、見える。魔法陣からぬるりと這い出る何かが。
その何かは、天鵞絨色の外套と白群色の髪をもっていた。
見紛う筈がない。
しかし、死んでいる筈だ。
言葉を詰まらせ逡巡していると、大狼が狼狽えるように声を漏らした。
「そんな……なぜあなたが──旦那(ミッドエルム)様……!」