第二章 深奥に滲む


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 蹴り上げた土が宙を舞う。木々が通り過ぎていく。
 蒼白い大狼は背にイドを乗せ、暴れる風をまき散らして老樹の森を進む。
 巨躯でありながら迫る障害物を軽やかに躱す足さばきは森を知る土地守りの一族だからこそ体現できる芸当であり、獣の勘が身体の動きをより鋭敏にさせている。しかしその動きとは裏腹に、彼女が叩き出す速度はイドが知るものではなかった。
 ニールの背に跨るのは久方ぶりだった。
 久方ぶりだったからこそ違いに気付く。
 足取りが重い。
 まるで進むのを嫌がっているかのように。
 見せたい物がある。と言ったきり、ニールは喋らなくなった。
 この行く先には何があるのか。
 皆目見当もつかないイドは、ニールの背にしがみついて通り過ぎていく風景をただただ見送った。
 そして、ふと、一瞬だけ森が途切れる。
 崖。
 ニールが地面を蹴って空に飛び出す。
 訪れる浮遊感に下腹が震えるも束の間、着地の衝撃が上塗りされイドは歪めた顔を蒼白い毛にうずめたが、

「着いたよ」

 ニールの一声で首を持ち上げた。
 彼女の背から降りて後ろを見ると切り立った崖。正面に向き直ると老樹の木々が道を作り出していた。中の方へいざなうようにぽっかりと開いた道へ入っていくニールの背を追う。上空は折り重なる樹冠で閉じられ薄暗く、さながら木の坑道のようになっていた。
 しばらく歩くと進行方向の先に光りが。
 そこを抜けると開けた空間に出た。
 頭上に広がる空は突き抜けるように青い。足元を埋め尽くす可憐に咲いた老草の花は吹き込んでくる風に煽られ、白の花片を惜しげもなく手放す。宙を遊ぶ花びらは雪のように身を翻し、開けた空間の中心で佇む石柱にひらりと舞い降りた。
 石柱の膝元には白に埋もれた石碑。

「燠の。これがあんたに見せたかった物だよ」

 ニールの声を耳に残し、石に近づく。
 膝をついて雪のような花片を払うとその下が露わに。
 ミッドエルム、ここに眠る────灰色の石碑に走る彫りは、そんな文字を紡いでいた。

「あんたが居なくなってから、私とあの人は駆け回った」

 イドの隣に座り込んでニールは言う。

「山を越え、谷をくぐり、河を渡って。その時に初めて見たよ。海を。広かった。ただただ広くて絶望した。この先のどこかにあんたが居るかもしれないと思うと、正直な話、見つけることなんて無理なんじゃないのかって」

 彼女はそこで一度打ち止めて、

「でもね、あの人は違った。あの人はその後の全てを森の開拓と技術の発展に捧げた。何故だか分かるかい?」

 首を横に振るとニールは答える。

「あんたを探すためだ。最期の時まで共にいようと誓い合った唯一無二のあんたを見つけるためだ」