第二章 深奥に滲む
「そうじゃないでしょ」
「……?」
「適当を吹くのはおやめになって。貴方が魔力(マナ)を一つも持っていない事は割れてるの」
口の端を上げて笑って見せると男の喉が鳴った。
男はクラバットを少し緩めて言う。
「魔力(マナ)を持っていないだって? 当たり前じゃないか。この城は魔消の陣を敷いているのだから魔力(マナ)が消滅するのは必然というものだよ」
「それ」
魔消の陣は魔力(マナ)を削る。しかしてそれは身体の外側にある魔力(マナ)に対して働く効力であって、体に内包した魔力(マナ)にまでは干渉しない。
「残念ながら私にはね、他人が内包する魔力が見えるのよ」
だからこそ言える。
「貴方には華燐王たる使命を全うするための魔力(マナ)が無い」
魔消の陣を防衛のために使うのならば、その方向を城の外に限定すればいい。それでも内側まで効力を及ばせているのは、そうしなければいけない理由があったから。魔力が無いと知られることを防ぐ必要があったから。
「だから貴方はあの戦争の時、逃げたのよね? 戦わないんじゃなくって──戦えなかっただけなのだから」
額に汗を滲ませる男を見てキリは目を薄める。
「ああ、それと中央から通達が来てね。華燐王の力の源泉を貴方から取り上げることが決定したわ」
聞いて、男は初めて分かり易く表情を曇らせた。
「それは、継承の儀を執り行うということか……?」
「だったら何なの?」
男の焦燥の理由をキリは知っている。
老樹の国(アトウッド)が王の力は、木が実を付け地に落としあるいは己が分身たる枝に未来を託すように後世へと引き継いでいく相伝の力である。
華燐王の力の継承は肉体的に成熟した王家の跡継ぎに代々下ろされる。そしてそれは前代の王の死を伴って行われる。
「僕が死ぬのは構わない。だけれど、僕の子供は産まれて間もないんだぞ……継承に耐えられるわけがない……!」
どの口がそんな事をのたまうのかとキリは思う。
反吐が出そうになった。
結局のところ人は自分と自分の世界が可愛いだけ。
「安心して。貴方の子供に継承はさせない」
キリはそのまま続けて、
「ただ、人質になってもらってるだけ」
「人質だって……?」
「ええ。貴方から力の源泉を──白の萌芽を引き出すための担保よ」
男が前もって城から逃がしていた子供と妃は既に捕捉済みで、今は黒沼の国(ブランダルク)で丁重に監禁されている。もとより、生まれて間もない子供に華燐王の力の継承をさせるつもりなど毛頭ない。
「ならば萌芽は一体どこへ行くんだ……」
「それについて貴方が知る必要はないわ。貴方はただ故ミッドエルムの墓へ私を案内して白の萌芽を差し出せばいい。簡単でしょ?」
逡巡する男へむけてキリは告げる。
「子供と奥さん、死んでもいいんだ?」