第二章 深奥に滲む
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「タンマ」
後ろから声。
振り返るとローヤがミラベルをそっと床に下ろしていた。
「ちょっと休憩させてちょんだい」
壁に背を預けてすとんと腰を落とすと、こめかみから頬を伝った汗が顎先に集まって滴り落ちる。胸が上下するたびに漏れる湿り気を含んだ呼気が、ローヤの疲労具合を発露させていた。
無理もない。
軽鎧を着た女性を背負って歩き続けていたのだ。
交代できるものならばイドだって交代している。しかし非力な少年の矮躯では、役割を代わったところで逆に足手まといになるだけ。
せめて台車のようなものでもあればローヤの負担も少しは軽減できるのだが。
と、自分の非力さを実感しながら視線をふらふらさせているとローヤのいる位置から少し離れた壁に何かを発見。近づいて埃を指で拭い取ると二つの三角をたがいに上下逆にして重ねたような形状の印(しるし)が。
人差し指でなぞると印が発光。
がこん、と音がすると同時、背を預けた壁が後ろへ引っ込み、
「──うおっ!?」
支えを失ったローヤはそのまま後ろへ転がって上を仰いだ。
「あだだだだ。ったく、何だって……お?」
ぶつくさと文句を言って床に倒れたローヤだったが、天井の高さと模様(パターン)の違いに気付いて疑問符を浮かべる。
起き上がって正面を確認すると、先程まで背を預けていた壁の先に空間があることが分かった。
「何かの──部屋か?」
眉を寄せて小首をかしげるローヤ。
──あ。
そこでイドは思い出す。
隠し事。知っている者が限られる事。それらは特別という枠組みに収まって、知り得た者にある種の喜悦を与える。
秘密を持つというのは、どうしてこうも優越感を得るものなのか。かつ秘密の中に更に秘事を込めるとなれば、その秘匿性たるや優越感どころか愉悦にすら届き得る。そういえば、地下通路を作っている時に思い付きで遊び心を加えたなとイドは記憶を思い起こす。
つまりは、
「隠し通路の隠し通路じゃ」
「なんだそのワクワクの権化みたいなやつ」
出口が一つだけだった場合。
地下通路の存在が知られていた場合。
緊急時にそれらの要素が重なってしまった時、待ち伏せや追い討ちをかけられる危険性は非常に高まる。ましてや一本道ともなれば恰好の餌食となるのは必至だ。それを回避するために──というともっとらしいが、イドと友人が隠し通路を設置した理由はそんな真っ当なものではない。
「当初は儂ら二人だけが使うはずの地下通路だったんじゃが、先代が乗っかってきてな。城に住まう人間の緊急脱出用経路として管理されてしもうた」
「はあん。それで地下通路は秘密の道じゃなくなったってか?」
徒労じゃねえか、とローヤは失笑する。