第二章 深奥に滲む
魔力(マナ)の存在を丸ごと削る魔法陣の一種。
それが城のどこかで展開されているのは明らかだった。
探して動作を停止させることは出来る。しかし女はそうしなかった。
女は消滅を始める従僕の頭を撫でて翼を促す。
「行くわよ──」
従順な僕(しもべ)は一度目の羽ばたきで宙に浮きあがり、二度目のそれで空を弾いた。空間を掻っ切って進む先には色づいた巨大な硝子が。
後ろをちらりと確認すると砲弾と大矢は飛んでこず、下にいる兵士たちが城へ向けて放つのをためらっているようだった。
女はすぐに前に向き直って手を翻す──それに従って大蜥蜴が巨体を反転させ強靭な脚を突き出した。直後に鳴り響く甲高い破砕音。ステンドグラスが大破したのだ。
大蜥蜴はそのまま建物に突っ込んで着地。椅子やら机やらを一息に跳ね飛ばし、教壇の寸前でようやく止まった。
「──参ったね魔消の壁を越えてきたか。左の魔女キリ」
若い男の声。
教壇の方を見ると、首元に白いクラバットを巻いた襟付きのブラウスを着た男がいた。
女──左の魔女キリは、白群色の髪をもった男へ言う。
「あらご機嫌よう。華燐王。こんなところで会えるなんてね」
「……祈っていた」
「そう、神は居たかしら?」
男からの返答を待たずにキリは口を衝く。
「まあいいわ。おかげで手間が省けた」
「…………僕に何か用かい?」
その返しに、キリは腹の底が僅かに煮沸するのを感じた。それでも努めて抑える。込み上げてくる熱を。喉までせり上がってきた赤を噛み殺して。言葉に代えて。
「何か用か、ですって? どの口がそんな事をほざけるのかしら。数えなさいよ──貴方の罪を」
「……」
「同盟条約を破ったのはそっち。じきに黒沼の国(我が国)の本隊が到着するわ。私の力で貴方の口を割らせることは簡単なのだけれど、せめて人らしく自分の意志で答えるチャンスをあげる」
キリは塵を巻き上げる従僕の頭から降り、豪奢な絨毯を踏みしめて男を見る。こんな状況でも落ち着き払っているのが腹立たしい。それでも、今殺してしまう事だけは避けなければならない。
一度大きく嘆息してから、キリは極めて抑揚なく声を発した。
「──旧・華燐王ミッドエルムの墓は何処にあるのかしら?」