第一章 暗中に泥む
「……労働はどの程度の間隔であるのだ」
「飯二周回った後くらいにある感じ」
「そうか……」
力無くそう言うとローヤはため息混じりに返す。
「一回キツいことやったくらいで沈んでくれるな隣人さんよ。キツけりゃサボる方法探しゃいいだろうが」
「…………………………寝る」
「はん。腹隠して寝ろよ」
そんな喧嘩別れのようなやり取りをして寝転んでみたはいいが疲労が重すぎてすぐに眠気が来ない。
──手を抜く方法、か。
ローヤの言葉をふつりと思い出してイドは考える。
棒の壁が迫って来るあの部屋の中で押し返す以外の行動が取れるのか。それとも全力で向かわなくて済む押し方があるのだろうか。自分の矮躯で耐える術があると言うのだろうか。
そんな風に思考は起こるものの、頭が上手く回らず展開が先に進まない。
隣に真相を聞こうかとも思ったが、しかし先の応対を思い出すとばつが悪く、イドは半身を起こして思い留まり再び寝転んで目を瞑った。
その後の目覚めを迎えて、イドは酷く重い気を引きずりながら隣の部屋に声を掛けた。
「先の応対は……済まなかった」
返事はすぐに返ってこない。
気分を害したか。それ以前に寝ている可能性だってある。しかしどちらであろうとイドは構わず次の言葉を投げ掛け──ようとしたところで隣からこつりとノック音。
「気にすんなよお隣さん」
次いで飛んでくるローヤの声は、眠りを挟む前と変わらない穏やかなものだった。
「それよか休めたのか?」
続くローヤの声にイドは安堵のため息を吐いた。それから隣室側の壁に背を預けて応える。
「うむ。酷い筋肉痛じゃがの」
「そりゃ良い」
何が良いのかは不明だが、隣人は適当なことを言う節があるのでこの手の返しに反応はしないでおく。
イドは少し間を空けてから隣人の真似をして壁を小突いて言う。
「ローヤよ。頼みがある」
「頼み?」
「ああ。お主にしか頼めん」
それは現状的にという意味は勿論のことだ。この牢獄には恐らく二人しかいない筈であるから。しかし、隣人を頼る理由はそれだけではない。
「お主の間隔を把握する能力は、儂には無い」
真似なら出来る。
ただそれは、連続でノックを刻み続けられた場合の話である。
イドは眠りにつく前に気付いた事があった。それは、ローヤが四六時中床や壁を小突いている訳ではないという事だ。
ローヤは自身で語っていた。ノックをしている内にその感覚が染み付いて実際に小突かなくても打数が分かるようになったと。イドは最初それを聞いた時、正直なところ冗談半分で話を捉えていた。
しかしあの労働をしながら打数を数えるのは難しい。というか無理だ。何かをしながら等間隔を刻むという行為は不可能に近い。
そんな状況下で周期性がある事象を把握できるローヤの間隔把握能力は、言うなれば時計と同義だ。