第一章 暗中に泥む

「だからローヤよ。儂に時を示してくれ」

 やや沈黙があって隣人は言葉を返す。

「その先にアンタは何を見る?」
「……分からん。が、なぜ儂は牢にいるのだと考えた時、このままでは駄目だと思ったのだ」
「つまり?」
「儂は自分がなぜ牢に繋がれたのかを知りたい」
「はあん。まあ別に協力すんのはやぶさかじゃねえけどよ」

 ローヤは一旦言葉を区切って、

「対価は欲しいぜ」

 にやりと笑っているのだろうとイドは思う。隣人の顔は知らないが。
 とは言うものの。

「対価か……」

 イドは困惑気味に漏らす。
 囚人が持っている物は少ない。と言うか無いに等しい。それは同じ立場であるローヤも分かっている筈である。唯一身につけている服を明け渡したところでそれが何になる訳でもなく、思いつく限りで毎度の食事を削って隣に渡すくらいしか頭に浮かばないのだが、それを提案しても隣人は「アンタは飯をちゃんと食え」と言って承諾しなかった。
 前回の食事では放ったパンを食らっていたくせに。

「アレはアンタが投げ込んだからだろ。違えよ。あんだろ。もっと別に俺たちがお互いに持ってるもんがさ」
「互いに持っているもの……」

 考えるのも束の間、ローヤが思案の間に入ってくる。

「ここは二人。あるのは時間。娯楽なんてありゃあしねえ。俺たちは囚人であると同時に貴重な話し相手。そうだろう?」

 それを聞いてイドは顔を上げた。

「そんなもので良いのか?」

 問いに対する隣人の応えは、端的な肯定の相槌だった。隣人はそれに続けて言葉を連ねる。

「聞かせてくれよ。アンタが牢獄に来るまでの経緯を」

 囚人同士が持つもの。
 それは互いが抱える過去の自分。
 朝も夜も今日も明日も分からない不明瞭な時間しかない二人きりの空間で言葉が通じる者同士に許された対価の支払い方法は、財産これまでの自分の話を共有するという事だけだった。

「……恐らく取り留めのない話になるぞ?」
「構わねえよ。俺は別に面白い話が聞きたいんじゃねえ。アンタの話が聞きたいんだ」

 それを聞いてイドは物好きな奴も居るものだと苦笑しながら壁に背を預け直す。そして、ふつりと語り出す。

「では、詰まらないとは思うが聞いてくれ。儂は──」