第一章 暗中に泥む
「他に何か定期的に起こることはあるのか?」
咀嚼音が聞こえるだけで答えが返って来ない。
食事に夢中になっているのだろうか。
「ローヤ? 聞こえておるか?」
そうやって呼びかけると隣人はごくりと喉を鳴らして口の中にあった物を胃に落とし、
「……なんか頼りにされると答えたくなくなる不思議」
悪戯っぽく軽い調子で言う。
見えはしないので合っているかどうか定かでは無いがきっと今お茶目に笑っているのだろうとイドは思った。顔は知らないが。
少々の沈黙。
鉄格子の隙間から手を伸ばし、イドはロールパン一つと抑揚の無い声を隣の牢へ放った。
「パンをやろう」
「飯の後に労働があるぜ」
簡便。短簡。有難い。
この調子でいけば食事の時間のたびに何か情報が得られそうだとイドは隣人の扱いやすさに思わず頬が緩んだ。
「なに。もしかして笑ってんの」
ローヤの鋭い言葉にイドは壁に背を預け直す。
「いや、別に笑っておらんよ」
「言っとくけどな、労働を舐めない方がいいぜ」
舐めてなどいない。
ただ少し気が緩んだだけで、労働に対する緊張感はイドの中にも確かにあった。ここは牢獄だ。労働とは名ばかりの拷問の存在だって知っている。
「今までは俺一人だったけど、今度はアンタがいるからな……これまでの労働とは違うもんになるかもなぁ」
投げ入れたパンを咀嚼しているらしいローヤは先程までとは違った少々重たい声でそうぼやく。
「だから食える時にしっかり食っといた方がいいぜ」
「うむ、そうするよ」
イドはロールパンを千切って口に放る。普段から口にしている物と比べて小麦の味が濃く、香りの豊かさからバターの使用量も多いように感じる。これが囚人へ寄越される物なのかと驚きながら次にソーセージを噛んでイドは再び驚愕した。齧り付いた瞬間弾けるような食感が歯に伝わり、肉汁が口に流れ出る。
「ローヤはいつもこのような食事を摂っているのか」
「ん? ちょっと物足りねえけどな」
これで物足りないとは贅沢な奴なのかそれとも舌が肥えているのかは分からないが、少なくとも自身が普段から口にしている物よりは遥かに美味だと思いながらイドは二口、三口と進めて食事を終えた。