U 死の呼び声

 だが。

 ──まだ終わりじゃない。

「悪魔め」

 そう吐き捨てる女は、まだ息をしている。

 憎悪をむき出しにする目は、まだ光を放っている。

 殺すべき人間は、少なくとも目の前に、まだ二人も残っている。

 笑みを浮かべたまま、青年は呼吸を繰り返す。顔を伝う水分は、返り血なのか汗なのかすら判断がつかない。

「奇蹟とやらは──」

 声を出せたのは、青年自身も意外だった。

 指先から始まった黒化は、すでに肩口にまで進行している。それでも痛みが強く感じられないのは、むしろ危険な状態なのだろう。

「二人になったら起こせないものなのか?」

 嘲笑。

 対する白服の反応が苛烈だと、青年はすでに知っている。

 女の傍らに控えていた白服が、愚直なまでの突進を仕掛ける。女が制止する間はなく、間に合わせるつもりもない。

 青年は身をひねり、すれ違いざまに白服の腹へ鎌の刃を置いた。突進の勢いを受け止めた腕がいびつな音をたてるのも気にせず、腹を割いた死体を蹴り捨てる。

 残った女は、舌打ちしてナイフの切っ先を青年へ向ける。空いた左手を胸に当てる姿は、祈りを捧げているようにも見える。

 あと一人。

 鎌を持ち上げようとした腕から、炭化した皮膚が剥がれ落ちる。

 乾いた枝を踏み折るような音。それが、自らの腕の関節から発されている音だと青年が気付くのに、数瞬の間が必要だった。

 大鎌を持っていられる時間は、それほど長くない。

 自覚した途端、青年の足は残された女へ駆けていた。

 腕が末端から死んでいく痛みなど、動きを止める理由にはなりえない。

 防御姿勢をとる女に構わず、青年は鎌を振り下ろした。

 金属音が炸裂する。

「ぐっ……」

 女の呻き。三日月型の刃は半ばほどをナイフに受け止められ、その先端を女の左肩に刺すのみに留まっている。

 至近で交わる視線が、互いの殺意をより濃縮させていく。

 噛み合う刃が身を削る、耳障りな音が響く。

 仕留め損ねた事実が、青年の腕に力を入れさせる。

 それが自らを追い詰める行為だと気付く間もなく、黒化した腕に致命的な亀裂が走った。

 肉で組成されていたものが発したとは思えないほど、軽く乾いた音が鳴る。

 青年の両腕が砕け散った。次いで、支えを失った大鎌が落ちる。

 追いかけるように、腕の中に含まれていた血液がまとめて落下。床の上で湿った音をたてる。血の匂いが濃度を増す。

「────ッ!!」

 意識を焼くような痛覚が青年を襲う。