U 死の呼び声
構わず、青年は白服の集団へと突進した。歌う暇など与えない。とっさに右手を上げようとした金髪の女へ鎌を振ると、傍らにいた白服が自ら刃の下へ飛び込んできた。
肉を断ち、骨を折る衝撃を掌で感じる。
頭上から降り注ぐ赤を浴び、振り切った刃を返す青年の視線の先で、白服の女はすでに平静を取り戻していた。
右手が上がる。
「〈尊き御手は悪しきものを押しのける〉!」
即応。
短い旋律で突風が巻き起こり、青年の体を突き飛ばす。衝撃で詰まる呼吸を無理矢理押し戻し、鎌の刃を振りあげる。壁のように質量を主張していた風はあっけなく霧散した。
靴底が床を噛む。顔を上げる間もなく追撃の斉唱が聞こえ、青年は白服の視線を遮る台座の隙間を縫って移動。
黒い雷は、いまだ鎌から放たれ、青年の腕を苛んでいる。ちらりと確認すれば、焦げた袖はほとんど腕に絡みついているような有様で、露わになった皮膚の一部は焼かれたように黒く変色していた。指の何本かは感覚がない。
だが。
──まだ持っていられる。
こびりついた他人の血は、怪しく光を跳ね返して刃を滑り落ちている。骨格を無視した無茶な斬り方だったにも関わらず、刃こぼれの一つもない。
呼吸のたびに流れ込んでくるのは鉄の匂い。掌に残った斬殺の手応えを思い起こす。
──まだやれる。
両腕が失われていく痛覚と危機感は、殺すべき相手を前にして意識の隅に追いやられていた。
部屋の端から端までなぎ払うような突風も、天井から叩きつけるような空気の重さも切り捨て、青年は歌声がする方へと走る。
闇に浮きあがるような白を確認し、跳躍。間に立ちふさがった台座を踏み越え、大振りの一撃で二人を沈めると、残った金髪の女ともう一人は懐からナイフをとって後ろへさがりはじめた。
死にきれなかった白服が、青年の足元で呻いている。
ふと思い出したのは、初めて獲物を殺したときのことだ。一撃で仕留めるのが難しかったころは、死にゆく獣の呻きを聞く機会が多かったように思う。
それはもう古い記憶で、森の獣を狩っていたのもはるか遠い昔のようだ。
今日の日没前までの日常であったはずなのに。
「────は」
青年の口から薄い笑みがこぼれた。
積み重ねてきた日常は、この手に残っていない。
だから、両腕が蝕まれていても気にする必要がない。
もう、腕は青年の意思に関わらず大鎌を掴んでいる。握った状態のまま黒く硬化した指は、鎌を握りなおせないほどに固まっている。