U 死の呼び声
咳き込むように呼吸。扉に触れる。ドアノブに意識が向く前に、青年の体はいつの間にか扉を開いていた。
意識を置いて、体が先に進む。
聞こえもしない呼び声が、強さを増す。
広い部屋は、壁の高い位置から差し込む月明かりで照らされている。室内にはいくつもの台座が並んでいて、その上には統一性などどこからも感じられないものが乗っていた。
ある台座には水瓶(みずがめ)。別の台座には剣と天秤。その隣は一組の車輪。
共通点は、置かれているものの上に総じて一枚のカードが浮いている──ということくらいだろうか。
ひとまず部屋を見渡した青年は、そのまま壁に背をつけて肩で息をする。
普段ならば無意識にできている呼吸が、この建物の中では難しい。侵入者とそれに伴う変化を拒絶するような空気は、部屋に入ってさらにその特性を強めている。
陸にいながら溺れるように息をする青年だったが、不意に体を走った違和感に手を伸ばした。
正体は振動。あまりに規則正しすぎるそれは、衣服に貼りついていた金色の糸らしいものが震えて発していた。
手で掴むと、糸より細く、硬質な感触。
──髪?
青年の黒く短い髪とは正反対の、長い金髪。一体どこから──と記憶をさかのぼると、炎に包まれた町が脳裏に明滅した。
「────ッ!!」
記憶には確かに、金の髪があった。
わずかに残された安全地帯に佇む白服集団。ゆったりとした白い服に施された金の刺繍。
その上に、火の色がにじんで橙に輝く金の髪が。
青年が慌てて振り払うと、金の髪は肌から離れても分かるほどの強さで震えはじめた。
それは、青年をこの部屋へと導いた「聞こえない呼び声」とは決定的に違う。異常をまき散らす金の髪は原理と用途こそ謎に包まれているものの、青年の脳裏で明滅した一場面が持ち主を確信させる。
青年は壁から離れ、台座が並んでいる部屋の中央へと逃れる。
たかが髪の毛一本、などと思えなかった。
呼び声や堅牢な神殿、停滞し続ける空気とは別の、理解可能な恐怖と嫌悪が体を突き動かす。
遅れて、激震。
室内の空気がまとめて振動し、陶器が割れるような甲高い音が響く。
耳から頭を突き刺すような痛みに、青年は思わず膝をついた。振動と残響が収まるのを待って顔を上げると、壁の近くで白が揺れているのが見える。
青年の体がいびつに硬直した。白地を金で彩った衣服は、体の芯が抜き取られるような、人格の基盤が打ち砕かれるような強く激しい衝撃を青年に与えてくる。