U 死の呼び声
この状況を、どうやって覆そうというのか。
どことも知れない森の中、身一つで生きていく術を青年は持っていない。狂乱したように駆ける馬に乗り続け、体力も万全ではない。なにより、生きる理由がない。
視線を下ろせば、虚ろな馬の目が青年の方を向いていた。
──自分には、もうなにもない。
あるのは命と体だけ。それでも充分に恵まれているはずなのに、維持するだけの気力は今日失った全てとともに流れ落ちていく。気力が消えてしまえば、体が訴える疲労はなおさら強さを増した。
消去法のように、死が青年の目前に迫る。
それでもいい、と思った。皮肉のように、死を受け入れた途端に雲が晴れ、森が月光に照らされる。
薄い刃のように差し込んでくる光は、青白く冷たい。
ただ、横たわる馬の瞳に差し込んだ無機質な輝きを見て、青年はふと思い至る。
この目はなにを見ていたのだろう。
馬は、光のない森の中を半狂乱で走っていたように見えた。だが、ただそれだけならば、もっと早い段階で転倒していたはずだ。
なにより、ここは人の手がかかっていない森。獣道のような場所ならば、たとえ昼間であっても全速力で駆けるなど不可能に近い。馬は本来、明るく見晴らしのいい草原を走る生き物なのだから。
ましてや、乗り手の青年は指示も出さず、馬の動きに合わせた補助なども行っていない。そんなことをするだけの余裕もなかったからだ。
──それならば。
彼は暗闇の中に、なにを見出していた?
せわしなく動いていた耳は、なにを聞いていた?
青年の知りえないなにかが、彼には見えて──あるいは聞こえていたのではないか?
神経が削られるような感覚を覚えながら、青年はゆっくりと振り返る。
倒れた馬の頭が向いている先。死の間際まで見つめ続けた、全力疾走の終着点。
青白い月光に照らされた森の中に、あるはずのないものが、見える。
遠く、木々の隙間に覗えたのは、光沢のある灰色。
磨きあげられた石造りの壁だった。
「────」
知れず、青年は息をのんだ。
石の壁は、造られるにも、管理されるにも、確実に人の手がかかっている。それでも胸の奥にのしかかる不気味さがぬぐえないのは、その壁が遠目から見ても完璧に管理されすぎていたからだ。
さらに、壁が目に入った途端、青年の内に、「あの場所にいかなければならない」という意志が湧きあがってきて、気味の悪さに拍車をかける。