U 死の呼び声
刻みつけられた幻影を追い払うように、青年は黒瞳を見開いた。
どれだけの時間が経過しただろうか。半狂乱になって走り続ける馬を止める術もなく、振り落されないようしがみついて──炎に包まれた町を逃げ出してから。
騎手であるはずの青年の意思に従わず、馬は思いのままに駆けているようだった。足場も見通しも悪い夜の森だというのに、ほとんど全力疾走を続けている。
野生を取り戻した、など生ぬるい。
乗り手を振り落すなど簡単だろうに、それをしないのが不思議なくらいだった。
何度か、遠くに集落らしい灯も見た。その数を考えると、少なくとも一夜で走破できる距離は大幅に超えている。
「カ、ルム……っ」
呼吸の合間に名を呼ぶ。すると、落ち着きなく周囲の音を拾おうとしていた馬の耳が、ぴたりと後ろを向いた。
我に返ったか、と青年が安堵したのも束の間。やはり体力の限界に至っていたらしい馬が、前肢から崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
投げ出された青年は、地面を二転してようやく止まる。地面が柔らかい腐葉土だったのは不幸中の幸いだった。しかし、一瞬であっても力を抜いてしまった体を起こすには、いつもより余計に時間が必要だった。
咳き込みながら呼吸をしようとする肺をねじ伏せ、休息を求める両足を気力で支える。
急いで近寄ると、倒れた馬はまだ辛うじて呼吸をしていた。
とはいえ、転倒の衝撃で右前足の骨は折れ、栗色の体毛は灰や泥で汚れている。焦点の合わない目も、泡を吹く口元も、彼の死がそう遠くないことを示していた。
体に取りつけられた馬具を緩めてやると、馬の呼吸はわずかに浅くなった。
馬の広い首に手を当て、その目が光を失っていくのを、青年はしばらく見つめ続ける。
狩りで生計を立てていた青年にとって、馬は家族と同じくらいには時間を共有した相棒だった。傷一つない自分の胴体から、なにか大切なものが抜け落ちていくような、そんな錯覚すら感じる。
長く息を吐いて動かなくなる愛馬を看取り、青年はようやく周囲へ目を向けた。
木々の隙間に、町らしい灯はない。
幹や枝葉、それに下草の形がぼんやりと見えるだけで、ほとんど暗闇と言ってよかった。それだけでも不気味なのに、昼に人が踏み入った痕跡も、夜行性動物の気配もないのが、さらに夜の森を異質に感じさせた。
頭上には、薄く雲に覆われた夜空が。
今日は満月。雲さえ流れれば視界を確保できる──というところまで考えて、青年は鼻で笑った。