第六章

 そうでなければ自分は守れない。自我。自己同一性。アイデンティティ。そんなものは全て、我が儘で、独りよがりで、自己中心的だ。けれど、それを否定したら全ては平均化される。他人の望むように均される。

「名前がいくつあろうが、僕自身は揺るがない。変わらない。たとえ体をなくし、影に潜れるようになろうと、姿かたちが変わろうと、僕の底は変わっていない!」

 叫び、ナイトダイバーは右手を握り締める。包帯を刃のように変質させるのと同じ要領で、拳を硬質化。動かないスメラギの顔に容赦なく叩き込む。

 鈍い音。スメラギの頭部が人間のそれと同じ構造をしているのなら、確実に頬骨は折れているだろう。吹き飛ばされた体がデスクに激突して停止する。

「僕の底を知らないくせに、本質だのなんだのを語るなよ、スメラギ」

 言葉に反応してあげられたスメラギの顔に、余裕の笑みはない。

「……なぜ、動ける?」

 驚愕に染められた瞳に目を向けながら、ナイトダイバーはスメラギへ歩を進める。片手で口元の包帯を下にずらし、顔を露わに。

「お前が言ったんだろう。僕はナイト・ダイバーを狩るもの、ナイト・ハンターだと。それは、間違ってはいない。その通りだ。僕はナイト・ダイバーを狩り、そして──狩りのあと、普通の生物は何をする?」

 ナイトダイバーの返事は、問いの答えにはなっていない。それでも意味を理解したのか、スメラギは表情を凍らせ、逃走──

「確かに僕は失敗作だったみたいだ」

 できなかった。ナイトダイバーから伸びた包帯がスメラギの体を縛り、安物のカーペットに叩きつける。