第五章
だから、その起源について、優菜は少しの疑問も持たなかった。持てなかった。ヒトの形をしているとはいえ、あまりにも人間くさいナイトダイバーの言動に気付いても、不思議に思うことはなかった。
「──おや、今更知ったのかい?」
スメラギの言葉が優菜に刺さる。じっとりと手が汗ばんでいるのを感じたのだろう。彼女が振り返ることすら許さず、スメラギは口の端を吊り上げる。
嘲笑。楽しげに。哀れむように。誰にも表情を見せることなく。
「彼は、キミたちの言うナイトダイバーは、人間だったのだよ」
優菜の耳元で、囁くように。紫の長い髪が紺の制服の肩に触れた。
「影から影へ移動できるのは、肉体という枷から解放されたからだ。私が彼を解放した。それまでは、何度も失敗したさ──人間としての自我を保ち、かつ実体を維持できるレベルまで、魂を濃く、強くしなければならない。いくつもの人間の魂が霧散していったよ。私の手の中でね」
でも、と続けて言うスメラギは、過去に陶酔しているようだった。空いた手で、優菜の腕を、肩を、首を、なぞる。蛇が体を這い上がってくるような感覚に優菜は身をよじる。しかし逃げられない。
「ついに、成功した。二年前、この場所で! 彼は、唯一の成功例なのだよ。私のものだ。キミごときに、渡すわけには……!」
「いっ……!」
腕を締め付けられ、優菜の口から苦悶の声が漏れる。
ぢぢ、と街灯の電球が音を鳴らし、明滅。
数秒の間、路地は闇に包まれた。
ぬばたまの黒。そこからさらに黒が滲む。
影から浮上した人影。眼光一閃。怒りを孕んだ瞳が。
「優菜を離せ、スメラギ」