第五章
優菜は首を反らして夜空を見上げた。細い路地から見上げる空は高層ビルに蝕まれて狭く、まだ昇りきっていない月は視界に入らない。星は地上の光に駆逐されて一つも見当たらず、丁度上空を通りかかったらしい旅客機の点滅が、ゆっくりと通り過ぎていった。
キャラメルブラウンの髪をまとめていたバレッタは奪われ、長い前髪が顔にかかっている。両手を背中で押さえられている状態では、払うこともできなかった。もっとも、そんなことを気にしている場合でもないのだが。
「橋越優菜。キミにだけ、教えてあげようか」
彼女の背後に立つナイトハンターが、唐突に言葉を落とした。優菜の両腕を片手で押さえ、薄汚れたアスファルトに蛇の下半身を横たわらせる人外の名は、スメラギ。
彼は、優菜に向かって名乗る際にこう言っていた。「私がキミの名前を知っているだけでは、なにかと都合が悪いだろう?」と。友好的であるのかどうか、疑わしい調子で。現に、優菜を後ろ手に縛るスメラギの手は、少しも緩みはしなかった。
「この場所は──都市伝説・ナイトダイバーが生まれた場所なのだよ」
ずるり、と蛇の尾が道の上を這った。
スメラギの言葉に、優菜は改めて周囲を見回す。車一台通るのがやっとの、完全な一方通行の路地。とは言うものの、実際は不法に投棄されたガラクタが散らばっている。通るのは自転車がやっとだろう。今は、優菜とスメラギ、そして彼らの足元の学生鞄が道を塞ぐ形で立っているため、仮に通行人が来たとすれば、道の端へ寄らなければすれ違うこともできない。