第三章
夜の東京には、街を知り尽くしているはずの大人にも、都市伝説とコミュニケーションをとれる唯一の人間である優菜にも、知らないことがある。
それを知っているのがナイトダイバーで。だから彼は、あの書き込みを食い入るように見つめていたのだ。
紫の髪を持つ、人と蛇を組み合わせたような異形。それが、ナイトダイバーにとって何を表すのか、優菜は知らない。
とにかく早く帰ろう、とローファーが速度を上げる。日が沈んでしまったから、きっとナイトダイバーはどこかへ出かけてしまっただろう。おそらく、あの掲示板に書いてあった場所に──
「あ……」
駆け足に近かった優菜の足が、漏れた声と共に止まる。追い越していった自転車通学の男子学生が、急に止まった優菜を訝しげに見つつ走り去る。
優菜の視線は、一軒の家屋の屋根へ向けられていた。これといった特徴もない瓦屋根の上に、不自然なシルエットが浮かびあがっている。一メートル近い体高。犬というよりは狼に近いだろう。東から昇っている途中の月が、その向こう側で光っている。満月には届かない、少し欠けた月。
学生鞄の持ち手を、優菜は無意識の内に握り締めていた。彼女が異形を見たのは、これが初めてではない。昔から──それこそ、ナイトハンターがネット上で話題になる前から見てきたし、だからこそ、それらを避けて歩くこともできた。自分の身を守るためのすべなら、心得ている。