第一章

 リポーターの、嘘くさい驚愕の声を背中で受け止めながら、向かいのビルへ、跳ぶ。飛距離はたった数メートル。しかし、高さと足場が少しのミスも許さない。着地点はフェンスの上。バランスも崩さずに再度、走る。

 うなじを走るちりちりとした感覚は、まだなくなってはいない。背後の視線から、無遠慮に僕の近くに踏み込んでくるマスコミから、逃れなければ。『彼女』の元に行かなければ、なくなってはくれない。

 不意を突かれたらしいヘリが、今更のように動き出した。この短い時間で広げた程度の距離では、スペックの差で簡単に埋められてしまう。フェンスの上を走ろうと、ビルからビルへ飛び移ろうと、ヘリで追われれば逃げ切れるわけがない。走る、という、人と同じ移動方法を使うなら。

 だけども。しかし。忘れてはいけない。僕は、都市伝説として語られる存在だ。この名前を気に入っているわけではないけれど、むしろ大嫌いな名前で、愛着なんかこれっぽっちもないけれど。

 僕はナイトダイバーだ。

 スピーカーからの声は、もはや聞き取れない。リポーターが何かを叫んでいるらしいことは、なんとなくわかる。一枚の壁を間に挟んでいるかのような、ぼんやりとした、それでも本物の緊迫感に満ちた言葉。

 それら全てを置き去りにして──ビルの狭間、漆黒の闇が横たわる、街の暗部へ。飛び込んでいく。頭から。

 落ちる? いいや、違う。沈む。闇の中へ、影の中へ沈む。潜りこむ。周囲の黒と、自分が同化する感覚。世界へ溶けていってしまうような。

 ナイトダイバー。夜に潜る者。

 その名の通りに、僕は闇に潜り、溶け、そして次に浮上するときには──