第一章

『一瞬、我々の方を向いたナイトダイバーでしたが、その後まったく動きません。もう少し、近くに寄れますか──』

 巨大モニターから聞こえる声は、リポーター自身が乗っているヘリのおかげで一部しか聞き取れない。パフォーマンスは完璧に失敗してる。

 それでもわずかに聞き取れた、大袈裟な興奮を含んだ言葉が終わってすぐ、吹き付けられる風が強くなる。きっと、ヘリが僕に近づいてきたんだろう。

 身勝手な、とは思うものの、どうすることもできない。ちりちりと、苛立ちがうなじに凝縮されているような錯覚。肩こりを取るように首をまわした。

 仕方ない。逃げよう。ヘリから。不必要な情報を発するモニターから。

 幅十センチに満たない足場で腰を上げる。風が吹きすさぶ中、ビルの屋上、落下防止フェンスの上に立つと、遥か下方でどよめきが起こった。高さは、どのくらいだろう。そこそこ大きなターミナル駅の前にあるビルだから、たぶんフロアは十、もしくはそれに近いはずだ。

 地上でざわめく人々を無理矢理に意識の外へ放り出して、フェンスの上を歩く。数歩進んで屋上の角に近づいたところで、一気に歩幅を大きくした。ヘリの発する音の隙間、足元でカシャカシャと金属が擦れる音すら聞き取れる。人が息をのむ音も耳に入った気がして、僕は黒い包帯の下でひっそりと苦笑を浮かべる。

 まさか、そんな音が聞こえるわけがない。

 まさか、僕を案ずる者がいるわけがない。

 だって。なぜなら。人々は僕を指して、都市伝説と言うじゃないか。