三 男・託す

 暗がりの中に、気配がある。

 二人とも立ち止まったのに、足音が聞こえる。

 立ち並ぶ幹の間で、影が動く。

 そこにいたのは、〈悪〉の群れだ。

「────」

「これは……」

 まるで、一つの村の人間すべてから、同時に〈悪〉が発生してしまったような群れだった。

「こんなの、『めずらしい』で片付けられるものじゃあないぞ……?」

 思わず、といった調子でこぼしたロランの声すら、シルヴィは遠くに聞こえる。

 首筋を苛んでいた感覚が、悪寒になって背中を滑り落ちていく。

 体を震わせるような隙などない。

 今朝から存在感を放ち続けていた「嫌な予感」が、明確な質量となって目の前に立ちふさがっていた。


     *


 突きこまれた槍の切っ先を避け、シルヴィは後ろへ跳躍した。

 視界の両端を通り過ぎていく木々が、唐突に終わりを迎える。

 シルヴィの頬に風が当たっていた。

 打撃や刺突で押し出された、鋭い風ではない。撫でるような優しい風は、しかしシルヴィが森の外まで押し出されていたことを示していた。

 開けた視界に飛び込んできたのは、真っ黒に沈む東の空。

 あまりにも暗い、夜の色だった。

「ロラン! もう夜になる!」

 闇に閉ざされた森の中に向けて、シルヴィは叫ぶ。

 休む間もなく、刺突を仕掛けた〈悪〉が草原へ足を踏み出した。シルヴィの背後にはまだ沈み切っていない太陽があるはずだが、それでも〈悪〉の行動範囲は広がっている。

 深く息を吐いて、シルヴィは握りしめたままの拳を開いた。手の甲から肘にかけて、びりびりとしびれるような感覚がある。

 昼間からずっと、乱戦が続いている。それでも、まだ戦いをやめるわけにはいかなかった。

 力を抜くのは数秒にとどめる。

 いくら数が多かったとしても、〈悪〉程度に負けるわけにはいかない。

 破壊衝動を身の内に封じる誓いを改めて意識しなおして、シルヴィは再び拳を握る。

 シルヴィから少し離れた木々の間からロランが飛び出して来たのは、丁度そのときだった。

 ロランの赤い目が空の色を認めて、体に力が入るのが見える。

「……まずいな」

 つぶやいた声は、低く唸るようだった。

 二人を追って、〈悪〉は次々と森から姿を現してくる。

 数えるのも億劫な数を相手に遮蔽物がないのは、むしろ状況を不利にしていた。シルヴィは軽く腰を落とし、わずかに回復した体を戦闘状態へ復帰。

 余計な思考が挟まる前に〈悪〉の集団へ突進する。