三 男・託す
朝から気持ちの落ち着かない日だった。
シルヴィは乱暴に首の後ろをかきむしる。目覚めてからずっと続く、毛が逆立つような感覚。原因も対処法もわからない、けれども特別誰かに相談するほどでもない違和感がまとわりついている。
「なにかあったのかい」
そして、シルヴィの苛立ちに言及できるのは、ロランしかいないのだった。
昼過ぎに集落を出て、森へ向かう途中の草原。
周囲に人の気配がなくなったタイミングで、ロランはシルヴィに問いかけた。
「あった、というわけではないのだが」
シルヴィの答えは歯切れが悪い。
この感覚を明確な言葉にするのは、どうも難しかった。シルヴィはまた首の後ろに手をやって、皮膚に触れた途端ひりつくような痛みを感じる。
どうやら薄く皮がむけてしまったらしい。
シルヴィは慌てて手を下ろして、意識を他に向ける。ひとまず、あいまいでもいいから苛立ちの理由についてロランに伝えておくことにした。
「なんというか、朝から嫌な感じがする」
「……なる、ほど?」
「予感なんて、戦ってるときくらいしか信じないんだが」
「それは予感というか本能的な──いや、似たようなものかな?」
軽い調子で言うロランは、シルヴィに考えるきっかけを与えているようにも見える。
確かに、一人でもやもやと考えるよりは、誰かと話しながら考えた方が答えの出しやすそうな問題ではあった。
「ロランは、なにも……ないか?」
「うーん、まぁ、そうだね。〈悪使い〉共通のものではないようだ」
シルヴィの問いの意図を先読みして、ロランは結論を出す。
「いつもより、注意はしておいた方がいいだろうね。いろんなことに……と、言うしかないんだけども」
結局、シルヴィの予感はあいまいなまま置き去りになった。
とはいえ、森ほどの障害がない草原では注意を向けるにも限度がある。
なにも──何事も、ない。
そよぐ風に乗って、集落からの声すら聞こえてくる。障害物もないから二人分の足音もほとんど均一だ。
見上げれば、淡い色の空に薄い雲がかかっている。動きがほとんどないのを見れば、天気が急に変わるなんてこともなさそうだった。
相変わらず、いつものように、昼間の草原は穏やかさを保っている。
そうでないのは、シルヴィだけだ。
ピリピリとひりつく首の後ろから意識をそらし、シルヴィは拳を握る。
ロランと話した後も、嫌な予感はシルヴィの中に居座り続けている。どころか、徐々に存在感を強めていた。
草原を横切り、森に入ったところで、一際強く毛が逆立つ。