二 師・語る

「そう、だね。長い髪は、シルヴィによく似合ってると思う」

「でもいろいろと邪魔になるだろう」

「まぁそう……かもしれないが、少しくらいは、こう、『戦い以外のこと』に気を向けるきっかけがあってもいいんじゃないかな」

 ロランの邪魔にならないよう、できるだけ動かずに、シルヴィは耳を傾ける。

 後頭部に生じていた違和感は、徐々に少なくなってきている。

「息抜きとか、気分転換とか、そういうものは誰にだって必要だよ。シルヴィにとって、長い髪の手入れやなにかがそれに当てはまるかどうかは、僕にはわからないけど」

 そう言って、ロランは黙り込んだ。

 戦い以外のこと、と言われて、シルヴィが思い浮かべるものは少ない。

 生活と生存に必要な最低限、とまとめてしまっても過言ではない。

 戦いと、それに必要な力。

 極論してしまえば、シルヴィに必要なのはこれだけだ。

 特別と思うほどでもなく、当然のように、シルヴィは強さを求めている。

 それは災いを呼ぶかもしれないし、呼ばないかもしれない。〈悪使い〉として都合がいいかもしれないし、よくないかもしれない。

 しかし「強くなりたい」という感情はシルヴィの自我の根底にあって、ほとんどすべてを占めているのだった。

「もし、私が──」

「シルヴィ」

 思ったよりも深刻になりすぎた声音は、ロランの低い声に遮られた。

「あまり悪い予感を口にするものじゃない。実際そうなってしまったら困るだろう」

 至極真面目にそう言ってしまう、妙なところで信心深いロランだった。

 そして、なぜだかシルヴィはそれに逆らえない。教会のない村で生まれ、神などろくに信仰しないで育ってきたというのに。

 ロランの言葉には神や主などという単語こそ現れないが、その裏にはまっすぐな信仰心が存在しているらしかった。

 釈然としないシルヴィに対し、「だが」とロランは言葉を付け足した。

「僕とシルヴィが同じ考えだったら、約束だ。お互いにね」

「……わかった」

 会話に一区切りついて、ほとんど同時にシルヴィの髪の毛は枝から解放された。

 はっきりとロランの言葉にうなずき、約束は胸中にとどめる。

 言葉には出さない。しかし、それは〈悪使い〉の誓約として心に刻みこまれた。



 もしも私がバケモノになってしまったら、ロランが殺してくれ。

 代わりに、ロランがバケモノになったなら──