二 師・語る

 通い慣れた森ではあるが、暗くなってしまえばさすがに危険だ。

 夜は獣たちの時間であり、〈悪〉が活発化する時間。

 自分たちの安全はもちろん、シルヴィにとっては生まれ故郷の、ロランにとっては世話になっている集落が襲われる危険性だってある。

 どちらともなく、シルヴィとロランは帰路についた。木の根や下草に阻まれ、均一にならない足音が二つ、森の中に鳴る。

 風はほとんどない。

 枝葉が揺れることも、同様に。

 深い森の中心部は、いつだってこんな調子だった。

 二人分の足音に注意を向けながら、シルヴィは歩く。それ以外の音が聞こえれば、すぐに反応できるように。

 神経を尖らせるほど、気になって仕方ないのは首筋に当たる毛先だった。歩を進めるたび、揺れるポニーテールが急かすようにシルヴィを叩く。

 切ってしまおうか、と思ったのも、今回が初めてではない。

 そもそも、どうして髪を伸ばしているのか、シルヴィ自身もよくわかっていない。短くしても不恰好にならないよう、きちんと整えるのは確かに面倒だが、長い髪は戦闘においてひどく邪魔だ。

 相手に掴まれてしまえばそれだけで動きが制限されるし、あるいは、

「──ッ」

 思考でおろそかになった注意が、後頭部を引っ張られるような感覚で取り戻された。

 避け損ねた枝が、ポニーテールの一部を絡めとっている。無理矢理前に進もうにも、思っていたより丈夫な髪は抜けもせず切れもせず、頭の後ろに嫌な痛みを生じさせるだけだった。

 いっそ力ずくで切ってしまおうか、と引っかかった髪束を掴んだところで、ロランが振り返った。

「ちょっと、駄目だよシルヴィ」

 慌てた調子の声に、思わずシルヴィの手が止まる。小走りで戻ってきたロランは、シルヴィの後ろに回り込んで枝に絡まった髪に触れる。

「せっかく伸ばしてるんだから……」

 そう言われてしまえば、シルヴィは手から力を抜くしかない。

 丁寧にほどき始めるロランから意識をそらして、シルヴィは軽く上を向く。ほんのりと橙に近づいてきた空は、寒色と暖色の混ざり合った不思議な色彩を作りだしている。

「ロランは、切らない方がいいと思うか?」

 シルヴィはぽつりと問いかける。

「なにが?」

「髪」

「あぁ……」

 ロランはほとんど息のような返事をした。

 少し考える間があって、ロランは言葉を継ぐ。