序
水上咲良。高校教師にして書道部顧問にして(ここまで確定事項。以下疑惑)レズビアン。
「違う。私はレズではない」
水上は言う。
「キマシだ」
「同じだよ!」
ちなみに誇らしげな顔をしていた。
さておき。
本当にさておき。
「今日呼んだのは他でもない」
今度こそ本当に真面目なトーンの水上に、六呂師は再び居住まいを直した。
「ここ数週間で連続して多発している無許可戦闘と魔法使用について、だ」
水上は続ける。
「この校内における『法』の制限は魔法省の人間たる私が掛けていることは、知っているな? これは無理を押し通せばまかり通るちゃちな校則とはわけが違う。校則が心得だとすれば、『法』の制限は封印だ」
魔法。
古くから世界に存在する『法』律。
その正体は、人を惑わし災いを呼びながらもそれに熱中させてしまう──知りたくなってしまうという怖いもの見たさや知的好奇心に基づく膨大な心の力だ。
世界は時にそれを、悪と呼ぶのだけれど。
かつて人は、火を起こすために僅かな気圧の操作を思いついた。
かつて人は、水を得るために空気中の水分をかき集めることを思いついた。
それを現実のものとするには、いわゆる悪の力が必要だった。
「ここでは分かりやすいよう、便宜的に悪と表現しているが、実態は違う」
包丁と同じだ。と水上は語る。
扱う者が食材を捌けば便利な料理器具。
犯罪者が使えば安易な凶器。
二面性。あくまでどちらにもなりうる中立的な『法』律。